世界最古の水力ノコギリを描いた石棺
実際に稼働する水力ノコギリに関する最古の文献記録は、ローマの詩人アウソニウスによるものです。4世紀末に書かれた詩『モゼッラ』(ドイツのモーゼル川沿いの風景を詠んだ作品)の中で、彼は「大理石を切断する水力ノコギリの耳障りな音」について言及しています。
しかし、最古の図像表現として知られるのは、現在のトルコに位置する古代都市ヒエラポリスから出土した石棺です。この都市は、今日のパムッカレ(石灰岩の棚田状の地形と白いトラバーチンで有名な景勝地)の上に遺跡が広がっており、ペルガモンのヘレニズム王エウメネス2世によって紀元前180年頃に建設されました。ローマ時代には帝国のエリート層にとって重要な温泉保養地となりました。

発掘の歴史
1354年の地震によって破壊されたこの都市は、1887年にドイツの考古学者カール・フーマンによって初めて短期的な発掘調査が行われました。本格的な組織的発掘が開始されたのは1957年になってからで、イタリア人のパオロ・ヴェルツォーネが指揮を執りました。
それ以降、近代的なホテルの撤去と遺跡の修復作業が進められ、劇場、ニュンファエウム(噴水建築)、アポロン神殿、浴場、さらには使徒フィリポの墓といった建造物が姿を現しました。

マルクス・アウレリウス・アンミアヌスの石棺
調査では、石棺を備えた3つのネクロポリス(墓域)も発見されました。その北側から出土したのが、紀元後3世紀のものとされる、地元の製粉業者マルクス・アウレリウス・アンミアヌスの石棺です。そこには、クランクとコンロッド(連結棒)を組み込んだ機械として現存する最古の事例が浮き彫りで表現されていました。水車が歯車装置を介して2台のフレームソーを駆動し、長方形の石材や大理石を切断する様子が描かれているのです。レリーフにはギリシャ語の碑文が添えられ、その機構をアンミアヌスの「車輪」に関する卓越した技能によるものとしています。
両刃鋸を動かす水力施設――すなわち、図像として記録された最初の水力ノコギリ――は、紀元後3世紀のどこかの時点でこの地に存在していたと考えられています。
近年では、ゲラサ(ヨルダン)やエフェソスなどでも同様の遺構が発見されていますが、いずれもより後代(5~6世紀)のものです。なお、大プリニウスは大理石の切断について次のように述べています。

蒸気機関の部品はすでにローマに存在した
興味深いことに、蒸気機関の構築に必要な要素はすべてローマ時代にすでに知られていました。ただし、実際の発明は1712年まで待たねばなりませんでした。クランクとコンロッドの仕組み、シリンダーとピストン、バルブ、歯車、そしてアレクサンドリアのヘロンによるアイオロスの球(歴史上初の熱機関で、蒸気で動作する)などがそれにあたります。
研究者グレーヴェによる解釈
クラウス・グレーヴェによれば、石棺におけるこの機構の描写は決して明確なものではありません。アンミアヌスがレリーフに込めた意図は、「第一に伝動装置ないし歯車の発明を示し、第二に、ノコギリがそれに接続されていたことを示すこと」だったようです。碑文は彼を装置の製作者として名指ししていますが、その動作原理については何も語っていません。

レリーフには、石材の一部がすでに半分切断された状態で機械が稼働している様子が描かれていますが、技術的な詳細は一切省略されています。そうした細部を彫刻作品で表現することは不可能だったためです。
グレーヴェはこう分析します。「アンミアヌスは、ノコギリそのものではなく、あらゆる軸、ピニオン、クランクシャフト、コンロッドを備えた水車からの伝動装置こそが功績だとみなしていたのだろう。私たちの目の前にあるのは、おそらく最古の伝動装置の図像表現である」
技術史上の重要性
アンミアヌスの石棺は、技術史において最も重要な発見の一つとされています。この発見以前は、この種の伝動装置による機械の駆動は中世になって初めて実現したと信じられていたからです。
グレーヴェはさらにこう推測しています。「アンミアヌスこそが、回転運動を直線運動へ変換するクランクないしクランクホイールの発明者であり、水力式石材ノコギリの発明者でもあったと考えるほかない。それは革命的かつ途方もない発明だったはずだ。いずれにせよ、ヒエラポリスのレリーフは、アンミアヌスとローマ人が紀元後3世紀後半という彼らの時代に、この技術を知り、実用化していたことを示している」
アンミアヌスの石棺は現在、ヒエラポリス博物館に所蔵されていますが、一般公開はされていません。