考古学的発見

ノンタプレン城 ― クメール王朝期に築かれた古代宗教遺跡の概要

地形と立地環境

ノンタプレン城(プラサート・ノンタプレン)は、現在ワット・プラサート・テープ・サティットの境内に位置しています。寺院の南約200メートルには、ラム・プライマートの支流となる小さな川が流れており、周囲は村人たちの畑地が広がるのどかな農村地帯です。

建造物は崩壊が進んでおり、壁は前後の両側で崩落しています。南側は完全に崩れ落ち、北側もすでに倒壊済みです。城の周辺一帯には、仏像、ジャヤーヴァルマン7世像、僧侶像、門楣(まぐさ)、ナーラーヤナ(ヴィシュヌ神)、ナーガ(蛇神)、シンハ(獅子)といった彫刻作品が随所に置かれています。

標高

海抜176メートル。

水系

ラム・ルエク、ラム・プライマート、そしてムーン川。

地質条件

完新世の堆積物(タイ鉱物資源局、2010年調査)。ムーン川とその支流、特にラム・プライマートの影響によって形成されたものです。

考古学的時代・文化

歴史時代に属し、クメール文化のバヨン様式期に位置づけられます。築造年代は仏暦18世紀(西暦12世紀後半~13世紀頃)とされます。

遺跡の種類

宗教施設。

遺跡の特徴

ノンタプレン城は修復されていない古代遺跡で、クメール文化特有の城(プラサート)の姿を今にとどめています。東向きの単独建築物であり、周囲を囲む城壁は存在しません。現在は荒廃が著しく、往時の壮麗な姿をうかがい知るのは難しい状況です。

建築構造

建造物は大きく2つの部分から成ります。後方部が主塔(プラサート)で、その東側には主塔から連結された長方形の建物が接続しています。出入口は2箇所あり、一つは建物の東側正面、もう一つは主塔の西側背面に設けられています。

主要な建材はラテライト(紅土岩)で、扉枠、柱、門楣(まぐさ)などの装飾部分には白色または灰色の砂岩が用いられています。主塔の頂部や建物の屋根は失われ、壁も前後両側で崩壊。南側は全壊し、北側も崩落しています。また、城を取り囲む濠の痕跡が認められますが、その大部分は寺院開発の際に埋め立てられたものとみられます。

歴史的背景と築造年代

ノンタプレン城は仏暦18世紀に築かれたと推定され、旅人の宿泊所あるいは宗教的集会所として機能した宗教施設でした。古代クメール王国のジャヤーヴァルマン7世が建立した17の施設の一つと考えられています。

同王は、古都アンコール(プラ・ナコーン・ルアン)からピマイに至る街道沿いに、王国全土で121の宿泊所(ドゥルマシャーラー)を建立するよう命じたことで知られます。この事業は、カンボジアのプラサート・プレアカーンで発見された碑文によって裏付けられており、ノンタプレン城もその一環として造営されたとみられています。