ノルウェー中部では、地球温暖化による氷河の後退に伴い、青銅器時代のトナカイ猟師からバイキング時代に至るまでの長い歳月を凍てつく氷の中で守られてきた数多くの遺物が、次々とその姿を現しています。考古学史上まれにみる貴重な発見の連続です。
馬用のかんじき(雪上歩行具)。
ここには蹄鉄があり、少し先には馬用のかんじき。さらに壊れたそりの残骸、釘、杖、荷駄用動物の骨、そしてまだ矢羽の残る矢まで――。10年以上にわたりノルウェーの考古学者たちの目の前で、失われた世界が少しずつ過去から蘇りつつあります。この調査成果は、考古学誌『Antiquity』にまとめて発表されました。
こうして再び日の目を見た遺物は1,000点以上にのぼり、今もなお発見が続いています。その背景にあるのは、氷の融解を加速させる地球温暖化です。標高1,600〜1,900メートルに位置するノルウェー・ロムセッゲン地方のレンドブレーン氷河は、後退を続けています。
レンドブレーン氷床の調査風景(ノルウェー)。©Johan Wildhager/Palookaville/secretsoftheice.com
これらの発見は、山岳地帯の峠道が何世紀にもわたって利用されてきた歴史を物語っています。科学者たちが明らかにしたのは、北欧鉄器時代の紀元200〜300年頃から中世にかけて使用されていた古代の通行路の存在です。この交通路沿いには石積みのケルン(標識塚)が築かれ、氷雪の広がる大地を行き交う旅人たちの道しるべとなっていました。
後退するレンドブレーン氷床。考古学的遺物は、氷が退いた場所で発見された。提供:Antiquity/secretsoftheice.com
高地で発見された遺物たち
すでに2011年、オップラン地方の氷河考古学プログラムを率いるラース・ホルガー・ピロ氏のチームは、ロムセッゲン山中腹の氷河から、3〜4世紀のものとみられる子羊の毛で織られたチュニックを、しわだらけに縮んだ状態で回収しました。『Antiquity』掲載論文の共著者でもある同氏は、このローマ帝国期と同時代の宝物をただちに首都オスロのノルウェー文化史博物館へ運び、修復させました。その後も同じ氷河からは、バイキング時代の革製の手袋や靴などが次々と見つかっています。
11世紀のバイキングの靴。提供:secretsoftheice.com
かつての農民や旅人たちは、季節の移牧(トランスヒューマンス)の際にこの峠を利用し、谷から谷へと移動していました。乳製品などの荷物を背負った彼らは、夏牧場からの帰り道や、秋に飼料やトナカイの皮を運ぶ途中で、時に荷物を落としていくこともありました。霧にしばしば覆われるこれらの雪原の中で忘れ去られた品々は、やがてレンドブレーン氷床として凍りつき、驚くべきことに有機物の多くが良好な状態で保存されることとなったのです。
羊毛を紡ぐための糸巻き棒(ディスタフ)。提供:Espen Finstad / secretsoftheice.com
リストアップされた発見物の中核を占めるのは、柄の付いたナイフや、羊毛を紡ぐための白樺製の糸巻き棒といった日常品です。さらに注目すべきは、複数の破片として見つかった青銅器時代(紀元前1750〜500年)のスキーで、それ以前から狩人がこの地域に足を踏み入れていたことを示唆しています。素朴さゆえに胸を打つこれらの遺物は、当時この地域で行われていた交易や人の移動について貴重な情報を伝えています。約60点の遺物に対する放射性炭素年代測定の結果、この峠道が特に賑わったのは西暦1000年頃、すなわちバイキング時代であることが判明しました。
レンドブレーン氷床で見つかった蹄鉄。提供:Espen Finstad/secretsoftheice.com
このピークは、ノルウェーのバイキング輸出品に高山農村部の産品を供給する、西方のフィヨルド方面への交易拡大と結びついています。しかしその後、この街道を訪れる人は減り続け、中世末期の14世紀頃には放棄されました。1340年頃に北欧一帯を襲ったペスト(黒死病)が深刻な人口減少をもたらしたためです。アルプス、北欧諸国、そしてヒマラヤなどで近年盛んになっている山岳考古学は、かつては障壁や周縁地帯と考えられてきた高標高地域が、実は経済交流の重要な舞台であったことを、新たな知見として明らかにしつつあるのです。