アンダーソンシェルターとは何か
アンダーソンシェルター(Anderson shelter)は、第二次世界大戦中のイギリスで一般家庭に配布された小型の防空壕です。波板鋼板(コルゲートスチール)を半円形に組み合わせて組み立て、その上に土を被せて地面に埋め込む形で設置されました。一基あたり約6人を収容でき、敵機による空襲の際に、爆風や飛び散る破片から家族の命を守ることを目的としていました。
なぜアンダーソンシェルターが作られたのか
1930年代後半、ヨーロッパで戦争の危機が高まるにつれ、イギリス政府は敵の空襲への備えを急務と考えるようになりました。当時、防空対策(Air Raid Precautions:ARP)を担当していたのが、後に内務大臣となるジョン・アンダーソン卿です。彼は民間人を守るための避難施設の整備を強力に推進し、その政策を主導したことにちなんで、このシェルターは「アンダーソンシェルター」と呼ばれるようになりました。
こうして1938年に開発されたこの防空壕は、1939年2月から配布が始まり、開戦までに約150万基が全国各地の家庭へと届けられました。安価な材料で大量生産でき、短時間で組み立てられる点が、戦時下の非常用設備として理想的だったのです。
どこに作られたのか――庭に埋め込まれた防空壕
アンダーソンシェルターの最大の特徴は、その設置場所にあります。専用の大型防空壕ではなく、各家庭の裏庭や庭先に直接埋め込まれました。地面に穴を掘ってシェルターを据え付け、上部や側面に厚く土を被せることで、爆弾の衝撃や破片の威力を和らげる構造になっていたのです。
配布にあたっては、週5ポンド未満の収入しかない世帯には無料で提供され、それ以上の収入がある世帯には約7ポンドで販売されました。そのため、都市部の労働者階級の家庭を中心に広く普及し、特にロンドンなど空襲の被害を受けやすい地域で数多く設置されました。
効果と限界
アンダーソンシェルターは、ドイツ軍による激しい空襲(ザ・ブリッツ)において、多くの人命を救ったと高く評価されています。一方で、直撃弾には耐えられないことや、水はけの悪い土地では浸水してしまうといった問題も抱えていました。また、庭を持たない集合住宅の住人のために、地下鉄駅や公共防空壕が併せて避難場所として活用されることになりました。
まとめ
アンダーソンシェルターは、第二次世界大戦中の空襲から市民を守るために考案された、庭に埋め込むタイプの個人用防空壕です。「なぜ」は空襲からの民間人保護のため、「どこに」は各家庭の庭先という答えになります。手頃な価格で大量供給できた点が画期的であり、戦時下のイギリスにおける民間防衛の象徴として、今日でも当時の姿をとどめる例が各地に残されています。