一見すると興味深い質問ですが、この問いには重要な前提の誤りが含まれています。結論から言えば、モノリスが建てられた時代には、イギリスの探検家はまだ存在していなかったのです。
モノリスとは何か?
モノリス(単巨石)とは、巨大な一枚岩でできた独立した立石のことです。イギリスをはじめとするヨーロッパ各地では、新石器時代(紀元前およそ4000年~2500年頃)から青銅器時代(紀元前2500年~800年頃)にかけて、こうした巨石が宗教的儀礼や天文観測、共同体の象徴など、さまざまな目的で建てられました。
ストーンヘンジやエイベリーの石列、スコットランドのカラニッシュの立石群などが、その代表的な例として知られています。
なぜ「探検家による調査」はあり得なかったのか
新石器時代や青銅器時代のブリテン島には文字記録がなく、近代的な意味での「探検家」や「考古学者」と呼べる人々は存在しませんでした。巨石が建てられたのは、今から4,000年以上も前の先史時代のことです。
一方、片眼鏡(モノクル)という装身具がイギリスで流行したのは19世紀から20世紀初頭、すなわちヴィクトリア朝からエドワード朝の時代です。モノリスの建立とは、実に数千年もの隔たりがあるのです。
では、実際にモノリスを調べたのは誰なのか?
近世以降に巨石遺跡を詳細に調査したのは、探検家ではなく古物研究家(アンティクアリアン)や考古学者たちでした。例えば18世紀のウィリアム・スタックリーは、ストーンヘンジの測量や図版の作成を行い、先史時代の遺構を後世に伝える重要な役割を果たしました。
彼らにとってモノリスは「発見すべき未知の遺物」ではなく、はるか昔の人々が残した貴重な歴史的遺産だったのです。
まとめ
「イギリスの探検家が片眼鏡でモノリスを調べた」というイメージは、時代設定の異なる要素が混ざり合ったものです。正しくは、モノリスは先史時代の産物であり、それを学術的に調査したのは数千年後の考古学者たちだ、というのが適切な理解といえます。