古代エジプトのファラオといえば、壮大なピラミッドを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、最も有名なファラオの一人であるツタンカーメン王は、実はピラミッドには埋葬されていませんでした。この記事では、ギザの大ピラミッドとツタンカーメン王の墓の規模を比較しながら、その背景にある理由をわかりやすく解説します。
ギザの大ピラミッド――史上最大のピラミッド
エジプト・ギザにそびえる大ピラミッドは、紀元前2560年頃、クフ王(ギリシャ語名:ケオプス)のために建造されたものです。高さは約147メートル(約481フィート)あり、敷地面積は約13エーカー(約5.3ヘクタール)に及びます。これは現在までに建設されたピラミッドの中で最大のもので、約230万個の石块が使用されたと考えられています。建設から4,500年以上経った今なお、その巨大さと精巧さは世界中の人々を魅了し続けています。
ツタンカーメン王の墓はどれくらいの大きさ?
一方、ツタンカーメン王(在位:紀元前1332年頃~紀元前1323年頃)の墓は、ルクソール西岸にある「王家の谷」に位置しています。墓の番号はKV62と呼ばれ、1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターによって発見されました。
この墓の規模は、大ピラミッドとは比べものにならないほど小さく、全長は約11メートル(36フィート)、幅は約8メートル(26フィート)しかありません。内部は4つの部屋が連なる構造になっており、玄室(埋葬室)、前室、付属室、宝物庫で構成されています。
なぜツタンカーメン王はピラミッドに埋葬されなかったのか?
ツタンカーメン王の時代、エジプトの王たちはすでにピラミッドの建造をやめていました。その主な理由は盗掘対策です。目立つ場所にそびえるピラミッドは、財宝が眠る場所を盗掘者に教えているようなものでした。実際、古王国時代以降のピラミッドのほとんどは、古代のうちに盗掘されてしまいました。
そこで新王国時代の王たちは、岩山に墓穴を掘る「岩窟墓」を採用するようになりました。王家の谷は人目につきにくい乾燥した渓谷であり、墓の入口を隠すことで守りを固める狙いがありました。
小さかったからこそ残された黄金の宝物
皮肉なことに、ツタンカーメン王の墓が比較的小規模だったこと、そして発見直前に他の墓の建設作業で土砂に覆われていたことが幸いし、盗掘を免れることができました。その結果、黄金のマスクをはじめとする5,000点以上の副葬品がほぼ完全な状態で現代まで伝えられ、古代エジプト研究における20世紀最大の発見となったのです。
まとめ
クフ王の大ピラミッドが高さ約147メートルの巨大建造物であるのに対し、ツタンカーメン王の墓は全長約11メートルの岩窟墓にすぎません。しかし、その小ささこそが墓を守り、後世に驚異的な宝物のコレクションを残すことにつながりました。「大きさ」と「歴史的価値」は必ずしも比例しないことを、この二つの遺跡は物語っています。