正体不明の中世の歴史家
ガッルス・アノニムス(Gallus Anonymus、「無名のガッル」の意)は、11世紀末から12世紀初頭にかけて活動した、ポーランド最初の年代記の著者です。その名が示すとおり、本名も出自も一切わかっていません。おそらくベネディクト会の修道士であったと考えられています。
出身地をめぐる二つの学説
従来、彼はフランス南部のサン=ジル修道院(サン・ジレ)の修道士であり、同修道院からポーランドへ派遣されたという見解が主流でした。しかし現在では、北イタリア出身とする対立説を支持する研究者が少なくありません。決定的な証拠が存在しないため、この謎は今日まで解明されていません。
ポーランドでの活動と『ポーランド年代記』
ガッルスは1113年頃、ボレスワフ3世(通称:歪口公)の治世下、ハンガリーを経由してポーランドにやってきたと推定されています。やがて彼はアウダニェツ家出身の宰相ミハウの庇護を受けるようになり、その後援のもとで『ポーランド公侯年代記』(通称『ポーランド年代記』、別名『ガッルス・アノニムス年代記』)の執筆を開始しました。
この著作は、ポーランドの伝説的な始祖の時代からボレスワフ3世の治世までをラテン語で綴ったものであり、中世ポーランド史学の出発点となる極めて貴重な文献です。執筆はおそらく1116年頃まで続けられましたが、作品は最終的に完成を見ることはありませんでした。現存する最古の写本は14世紀にさかのぼります。