庶民から総司令官へ
ジャック・カトリノー(Jacques Cathelineau)は、フランス西部の村で運搬人や行商人として生計を立てていた、敬虔なカトリック信仰を持つごく普通の庶民でした。しかし、1793年3月にフランス革命政府が徴兵令を発布すると、彼は故郷アンジュー地方でヴァンデ反乱に身を投じることになります。
影響力の拡大と軍事的成功
カトリノーの名声と人望は瞬く間に広まり、彼が率いる農民部隊はショレ、トゥアール、そしてソミュールといった重要な町を次々と攻略することに成功しました。その活躍が認められ、彼はまもなくカトリック王党派軍の総司令官に任命されます。
「アンジューの聖人」
深い信仰心と誠実な人柄から「アンジューの聖人(Saint de l'Anjou)」と称されたカトリノーは、反乱軍にとってまさに偶像的な存在でした。彼の呼びかけに応えて、ヴァンデ地方の農民たちは続々と蜂起し、一大勢力へと成長していったのです。
ナント攻撃と最期
反乱軍の補給線を確保するため、カトリノーは大規模な港の占領を目指し、ロワール川河口の要衝ナントへの攻撃を決断しました。しかし1793年6月29日のナント攻撃の際、彼は敵の銃撃を受けて致命傷を負ってしまいます。傷は癒えることなく、同年7月14日に31歳という若さでこの世を去りました。
彼の死後、軍の指揮権はモーリス・ジゴ・デルベ(Maurice Gigost d'Elbée)が引き継ぎました。カトリノー自身は戦場での華々しい勝利を最後まで見届けることはできませんでしたが、その人格と信仰心は、ヴァンデ反乱の象徴として今も語り継がれています。