
ジャック・フランソワ・コキーユ・デュゴミエ(Jacques François Coquille Dugommier、1738年~1794年)は、フランス革命期を代表する将軍の一人です。15歳で軍隊に入隊すると、アメリカ独立戦争で目覚ましい戦功を挙げ、その名を広く知られるようになりました。
グアドループ島出身の軍人
デュゴミエはカリブ海のグアドループ島の出身です。フランス革命が本格化すると、故郷を代表する議員として国民公会に選出され、軍人であると同時に政治の舞台にも足を踏み入れました。
トゥーロン奪還とナポレオンとの出会い
1793年、反乱によりイギリス軍の手に落ちた南仏トゥーロンの奪還作戦では、デュゴミエが共和国軍の指揮を担いました。この包囲戦で彼は、砲兵士官として卓越した才能を発揮していた若きナポレオン・ボナパルトに深い感銘を受けます。デュゴミエが国民公会へ送った賞賛に満ちた報告書は、のちに皇帝となる若きコルシカ人の急速な台頭を大きく後押しすることとなりました。
東ピレネー戦線での最期
トゥーロンでの成功ののち、デュゴミエは東ピレネー方面軍の司令官として、スペイン軍との戦いへと転戦しました。そして1794年、戦局を決定づける重要な戦いとなったモンターニュ・ノワール(黒山)の戦いのさなか、砲撃を受けて壮烈な戦死を遂げたのです。
優れた指揮官であると同時に、人材を見抜く鋭い眼力を持っていたデュゴミエ。ナポレオンという歴史的英雄の「発見者」としても、フランス史に確かな足跡を残しています。