
ルイ・フランソワ・ルトゥルヌール(1751年 - 1817年)は、フランス革命期から第一帝政期にかけて活躍したフランスの軍人・政治家です。
革命期における経歴
ルトゥルヌールは当初、工兵大尉として軍務に就いていましたが、その後立法議会議員に選出され、政治の道へと進みました。国民公会の議員としては戦争委員会に参加し、そこで後の総裁政府の中心人物となるラザール・カルノーと協力関係を築きました。また、ヴァンデミエールの王党派反乱の鎮圧にも関与しています。
総裁政府での活動
1795年から1797年にかけて、ルトゥルヌールは総裁政府を構成する五人の総裁の一人を務めました。在任中は主に海軍行政を担当し、革命期フランスの海上戦力の維持に尽力しました。
帝政期と晩年
その後、ナポレオン・ボナパルトによって1800年から1804年までロワール・アンフェリウール県の県知事に任命されました。県知事退任後は会計検査院の顧問として行政の要職を支えました。
しかし1816年、王政復古したブルボン朝のもとで、国王ルイ16世の処刑に賛成票を投じた「王殺し(レジサイド)」の一人として追放され、亡命の身となって生涯を終えました。