
フィリップ1世とはどのような王だったのか
フィリップ1世(1052年–1108年)は、フランス王アンリ1世と、キエフ大公国出身の王妃アンナ(アンヌ・ド・キエフ)との間に生まれた王子である。1059年、わずか7歳という若さで戴冠を果たした。父王アンリ1世の死後は母アンナが摂政として王国の実務を担い、1066年まで幼い王を支えたことで知られている。
二度の結婚と破門という波乱
フィリップ1世は最初にホラント家出身のベルタと結婚したが、後にモンフォール女伯ベルトラードと関係を結んだ。正妃ベルタを離縁したこの行為は、教皇ウルバヌス2世からの破門という重大な結果を招いた。そのため、フィリップ1世は第1回十字軍への参加資格を剥奪されることとなった。
封臣たちの反乱との闘い
在位期間の大部分において、フィリップ1世は各地で反乱を起こす封臣(ヴァッサル)たちの鎮圧に追われた。しかし1077年には、イングランド王でありノルマンディー公でもあったウィリアム1世(征服王ウィリアム)と和平を締結することに成功し、ウィリアム側はブルターニュに対する権利主張を放棄している。
王領拡大の成果
外交面での勝利だけでなく、領土面でも着実な拡大を実現した。1082年には戦略的要地であるヴェクサン地方を王国に併合し、さらに1100年にはブルジュを支配下に収めた。これらの成果は、後のカペー朝王権強化の基盤となった点で重要である。
死と後継者
1108年に死去すると、長男のルイ6世(肥満王)が王位を継承した。ルイ6世は父が築いた基礎の上にさらに王権を伸ばし、カペー朝の発展へとつなげていくことになる。