
キルデリク3世(Childeric III)は、フランク王国を支配したメロヴィング朝の最後の王です。前王キルペリク2世の子として生まれましたが、その人生の大半を修道院の中で過ごすことになります。
シャルル・マルテルによる幽閉
737年、当時フランク王国で実権を握っていた宮宰シャルル・マルテルは、キルデリクを修道院に送り、政治の表舞台から遠ざけました。この時代、メロヴィング朝の王はすでに「怠惰王」と呼ばれるほど実権を失っており、王国の実務はカロリング家の宮宰たちが担っていました。
傀儡王としての擁立
シャルル・マルテルは死に際して、王国を二人の息子――小ピピンとカールマン――に分割しました。しかし兄弟は、王家の血統を持たない身分で正式に王冠を戴くことをためらいました。そこで二人は、メロヴィング朝の権威を象徴する存在として、キルデリク3世を王位に復帰させたのです。
とはいえ、キルデリク3世に実権はありませんでした。国政はピピンが代わって執り行い、王はあくまで象徴的な存在にすぎませんでした。
廃位と王朝の終焉
751年、ピピンは教皇ザカリアスの承認を取り付け、フランク人の貴族たちによって正式に王に選出されました。これによりキルデリク3世は廃位され、頭髪を剃り落とされて(トンスラ)修道院に送られました。メロヴィング朝の王にとって長い髪は権威の象徴であったため、髪を失ったことは、王としての資格を完全に失ったことを意味します。
キルデリク3世は754年、修道院でその生涯を静かに閉じました。こうして約250年続いたメロヴィング朝の歴史は幕を下ろし、ここにカロリング朝の時代が幕を開けたのです。