画像クレジット:ウェルキンゲトリクス像(エメ・ミレ作) 写真:Myrabella
ウェルキンゲトリクスとは
ウェルキンゲトリクス(Vercingetorix)は、アルヴェルニ族出身のガリアの指導者であり、卓越した軍事戦略家として知られるユリウス・カエサルに果敢に抵抗した人物として、歴史にその名を刻んでいます。
ガリア諸部族を束ねた反乱の指導者
ローマによる侵略を頑なに拒んだウェルキンゲトリクスは、他のガリア諸部族に対して蜂起を呼びかけました。そして「焦土作戦」と呼ばれる戦術を駆使し、食料や物資を焼き払うことでローマ軍の補給を断ち、大きな苦境に追い込みました。
紀元前52年には、オッピドゥム(砦状の集落)に籠城したままゲルゴウィアの戦いで勝利を収め、その名声を一気に高めます。この成功を背景に、ビブラクトゥにおいてガリアの首長たちは彼に全軍の最高指揮権を正式に委ねました。
アレシアの悲劇 ― 自らの罠にかかった英雄
しかし、運命はアレシアで大きく変わります。突如反転して追撃してきたカエサルから逃れるため、ウェルキンゲトリクスは再びオッピドゥムに立てこもりました。ところが、これが裏目となります。
カエサルは二重の防壁となる包囲網を築き上げました。この堅固な要塞線によって、ガリア人が外へ出ることも、外部からの援軍が中に入ることも一切許されなくなったのです。包囲されたガリア軍は深刻な飢な飢餓に陥り、ついにウェルキンゲトリクスは降伏を余儀なくされました。
捕虜としての最期
降伏後、ウェルキンゲトリクスはカエサルの軍事遠征に連れ回され、まるで戦利品のように見世物にされました。その後ローマへ送られ、紀元前46年、カエサルの凱旋式を見せしめとして目撃させるためにだけ地下牢から出されます。そして同年、元老院の命令により処刑されたのです。
敗北こそしたものの、強大なローマ軍に屈せず最後まで戦い抜いたその姿は、フランスにおける国民的ヒーローとして今も語り継がれています。
基本情報
生没年:紀元前72年頃 ~ 紀元前46年
身分:ガリアの指導者