アウシュヴィッツの囚人番号と入れ墨の背景
ナチス・ドイツが運営したアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所では、収容者を管理・識別するために「囚人番号」が割り当てられていました。当初、番号は布に刺繍したり金属製のプレートに記したりして制服に縫い付ける形で表示されていましたが、死後の遺体の身元確認が困難であるなどの理由から、1941年秋以降、皮膚への入れ墨(タトゥー)による番号の刻印が導入されるようになりました。
入れ墨の方法と施される部位
初期には金属製のスタンプで一度に針を打ち込む方式が試みられましたが、実用性に欠けていたため、後に一本針を使って手作業で数字を入れる方法へと変更されました。入れ墨は主に左前腕の内側に施され、ごく初期の一部の囚人については左胸に入れられた例も確認されています。
ユダヤ人囚人への入れ墨
ユダヤ人囚人も例外ではありません。1942年以降、収容所に正式に登録されたユダヤ人囚人の大多数に番号の入れ墨が施され、特に1943年春以降は登録されたすべての囚人が入れ墨の対象となりました。一方で、到着後まもなくガス室へ送られた人々は囚人として登録されることすらなく、番号も入れ墨も持たないまま命を落としたという厳粛な事実にも留意する必要があります。
カテゴリーを示す色分けバッジ
入れ墨とは別に、囚人は制服に所属カテゴリーを示す布製のバッジを付けていました。
・ユダヤ人:逆さまの黄色い三角形(ダビデの星)
・政治犯:赤
・刑事犯:緑
・ロマ(シンティ・ロマ):茶色(後に黒)
・同性愛者:ピンク
・エホバの証人:紫
ユダヤ人の政治犯のように複数の区分に該当する場合は、黄色と赤の三角形を重ねた組み合わせバッジが使用されることもありました。
まとめ
アウシュヴィッツにおける番号の入れ墨は、ユダヤ人を含む登録囚人全般に対して行われたものであり、左前腕に刻まれたその番号は、人間を無人格的な「数字」へと変えるナチスの非人道的な管理体制を象徴するものとして、今日に至るまでホロコーストの記憶と生存者の証言の中で重要な意味を持ち続けています。