歴史上の人物

ツタンカーメン王の子供の名前は?実は子供がいなかった理由を解説

古代エジプトのファラオであるツタンカーメン王には、歴史に名前が記録された子供はいません。彼は非常に若い年齢で亡くなったため、成長した子供をもうけるには短すぎる生涯だったと考えられています。

ツタンカーメン王の早すぎる死

ツタンカーメンは紀元前14世紀頃にファラオとして即位しましたが、わずか18〜19歳前後で死去したことが、ミイラの研究から明らかになっています。即位してからも約10年ほどの短い統治期間であり、健康状態も決して良好ではなかったとされています。このような若さでの早逝が、記録に残る子供が存在しない大きな理由だと考えられています。

墓から発見された2体の胎児のミイラ

興味深いことに、1922年にハワード・カーターによって発見されたツタンカーメンの墓からは、2体のミイラ化した女性の胎児が見つかっています。これらは王妃アンケセナーメンとの間にもうけた流産した娘たちではないかという説があり、一部の研究者からは「王には実の子供がいた可能性がある」と指摘されています。ただし、確定的な証拠はなく、あくまで有力な仮説の一つにとどまります。

王位は誰が継いだのか?

ツタンカーメンに跡継ぎとなる子供がいなかったため、彼の死後は大臣(宰相)であったアイ(Ay)が次のファラオとして即位しました。さらにその後は軍司令官ホレムヘブが王位を継ぎ、ツタンカーメンの血統はここで途絶えることとなりました。

まとめ

ツタンカーメン王には名前が伝わる子供はおらず、これは彼が18〜19歳という若さで亡くなったことによるものとされています。墓から見つかった胎児のミイラなど、謎めいた要素も多く、古代エジプト最大級のロマンを感じさせるファラオだと言えるでしょう。