歴史上の人物

ホロコースト期に身を隠し、ユダヤ人を救った著名人5選

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによる迫害のもと、多くのユダヤ人が身を隠したり国外への逃亡を余儀なくされました。その一方で、自らの命を危険にさらしながら彼らを守ろうとした人々もいました。ここでは、自ら隠れながら記録を残した人物や、ユダヤ人の命を救った著名な5人をご紹介します。

1. アンネ・フランク

アンネ・フランクは、ドイツ生まれのユダヤ人少女です。1942年、ナチスによる強制送還の脅威が迫るなか、家族とともにオランダ・アムステルダムの事務所建物内にある「アンネの家(後方の隠れ家)」に潜伏しました。約2年間にわたる隠れ生活の中で、日々の出来事や心の声を日記に書き綴りました。しかし1944年8月に隠れ家が発見され、アンネは終戦直前にベルゲン・ベルゼン強制収容所で亡くなります。戦後、唯一の生存者である父オットーが日記を『アンネの日記』として出版すると、世界中で読まれるホロコーストの証言となりました。

2. コリー・テン・ブーム

コリー・テン・ブームは、オランダ・ハールレム出身のキリスト教徒の女性です。家族とともに自宅の隠し部屋に多くのユダヤ人をかくまい、ナチスの迫害から逃れる手助けをしました。1944年にナチスに逮捕されてラーフェンスブリュック強制収容所へ送られましたが、奇跡的に生き延びます。戦後はその体験を『隠れた場所(The Hiding Place)』という本にまとめ、世界中の人々を感動させました。

3. オスカー・シンドラー

オスカー・シンドラーはドイツの実業家です。ナチス党員でありながら、ポーランド・クラクフの琺瑯工場やチェコの軍需工場でユダヤ人を雇用することで、1,200人以上の命を守りました。彼に救われた人々は「シンドラーユーデン(シンドラーのユダヤ人)」と呼ばれています。この実話はスティーブン・スピルバーグ監督の映画『シンドラーのリスト』(1993年)として映像化され、世界中に広く知られるようになりました。

4. 杉原千畝

杉原千畝は日本の外交官です。リトアニア・カウナスの日本領事館に勤務していた1940年、ナチスの迫害から逃れるユダヤ人難民に対して、外務省の訓令に反して通過ビザを次々と発給しました。救った人数は約6,000人にのぼり、その子孫まで含めれば数万人が彼のおかげで存在しているといわれています。「日本のシンドラー」としても知られ、1985年にはイスラエルのホロコースト記念館ヤド・ヴァシェムから「諸国民の中の正義の人」の称号を授与されました。

5. ラウル・ワレンバーグ

ラウル・ワレンバーグはスウェーデンの外交官です。1944年にハンガリーの首都ブダペストに赴任し、スウェーデンの保護下にあることを示す保護通行証(シュッツパス)を発行するとともに、安全な家(セーフハウス)を数多く設立しました。これにより、数万人——推計では最大10万人——のユダヤ人をアウシュヴィッツへの強制移送から救い出したとされ、ホロコースト期に最も多くのユダヤ人を救った個人とされています。しかし本人は1945年1月にソ連軍に拘束された後に行方不明となり、その最期は今なお謎に包まれたままです。

アンネ・フランクの残した言葉、そして杉原千畝やワレンバーグらの勇気ある行動は、困難な状況においても不正に立ち向かうことの大切さを、私たち現代人にも伝え続けています。