歴史上の人物

ギャレット・オーガスタス・モーガンの年表:ガスマスクと信号機を生んだ発明家の生涯

ギャレット・オーガスタス・モーガンとは?

ギャレット・オーガスタス・モーガン(Garrett Augustus Morgan、1877年~1963年)は、アメリカのアフリカ系アメリカ人発明家・実業家です。消防士や鉱山労働者を有毒ガスから守る「安全フード」(ガスマスクの先駆け)と、現在の交通信号機の基礎となる三段階式信号機の発明で知られています。正式な学校教育はほとんど受けていませんでしたが、独学と実践を通じて数々の発明を成し遂げた人物です。

モーガンの生涯を年表で振り返る

1877年:ケンタッキー州パリに誕生

3月4日、元奴隷だった両親のもと、多くの兄弟姉妹の一員としてケンタッキー州パリに生まれます。経済的な事情から学校教育は小学校程度で終わり、少年期から働きながら機械いじりの技術を磨いていきました。

1895年:オハイオ州シンシナティへ移住

シンシナティに移り、靴の修理職人として働きながら、家庭教師をつけて英語などの学問を学びました。この頃から発明への強い関心が芽生えたといわれています。

1907年:クリーブランドで起業

オハイオ州クリーブランドに移り、ミシン修理店を開業。その後は仕立て業へと事業を広げ、従業員30人以上を抱える規模に成長させました。また、実験中の偶然から整髪料を開発し、毛髪用品会社も設立するなど、多方面で才能を発揮しました。

1914年:「安全フード」の特許を取得

火災や事故の現場で煙や有毒ガスから呼吸を守る防護マスク「安全フード」の特許を取得しました。この発明により、ニューヨークで開催された国際安全衛生博覧会で金メダルを受賞しています。

1916年:トンネル事故の救出活動で一躍有名に

クリーブランドの水道トンネルで発生した大規模な爆発事故では、自ら安全フードを着用して現場に入り、閉じ込められた作業員の救出に大きく貢献しました。この勇敢な活躍によって、彼の名前は全米に知られることになります。

1920年:新聞「クリーブランド・コール」を創刊

アフリカ系アメリカ人コミュニティのための週刊紙を創刊し、社会問題の発信にも力を注ぎました。公民権活動にも積極的に関わり、地域の黒人団体の設立や運営にも携わっています。

1923年:三段階式交通信号機を発明

「停止」「注意」「進行」の3つの状態を切り替えられる交通信号機の特許を取得しました。この権利は後にゼネラル・エレクトリック(GE)社へ売却され、現在の信号機システムの基礎となりました。

1963年:死去

7月27日、クリーブランドにて86歳でこの世を去りました。

死後の顕彰

モーガンの功績は死後も高く評価され、全米発明家殿堂に迎えられました。彼の名を冠した学校が各地に設立されるなど、今日でも多くの人々に記憶され続けています。

まとめ

ギャレット・モーガンは、限られた教育環境の中でも創意工夫を絶やさず、人々の命を守る発明を世に出した偉大な発明家です。ガスマスクと信号機という二大発明は、現代の私たちの生活と安全に今も深く根ざしています。