はじめに
中世ヨーロッパ文学の中心には、11世紀から13世紀頃にかけて南仏プロヴァンスを中心に栄えたトルバドゥリズム(吟遊詩人の歌謡文学)がありました。恋愛や風刺をテーマとした彼らの歌は、口承で伝えられながら、やがてポルトガルやカスティーリャなど各地の言語でも書き留められるようになります。本記事では、ポルトガルのトルバドゥール、ジョアン・ガルシア・デ・ギリャーデの風刺歌の読解をはじめとする4つの演習問題と、解答・詳しい解説を紹介します。
問題1:ギリャーデの風刺歌
(マッケンジー大学)
次の一節を読み、ジョアン・ガルシア・デ・ギリャーデによるこの歌について正しい記述を選んでください。
ああ、醜い女よ!お前は不満を漏らしていた
私が自分の詩(トロバール)の中でお前を一度も褒めないからと
だが今こそ歌を歌おう
その歌でお前を終始褒めちぎろう
さあ、どんなふうに褒めるのか見てみよ――
醜い女よ、年老いてしなびた女よ!
- 風刺歌である
- ポルトガル語で書かれた最初の文書(1189年)である
- 友の歌(カンティガ・デ・アミーゴ)である
- 人文主義の時代(1418〜1527年)に書かれた
- 『フェイラの劇(Auto da Feira)』の一部である
問題2:中世の主要文学作品
中世の主要な文学作品として挙げられる組み合わせは、次のうちどれでしょうか。
- 『オイディプス王』と『リュシストラテ』
- 『アエネーイス』と『ルシアダス』
- 『ローランの歌』と『ニーベルンゲンの歌』
- 『オデュッセイア』と『人間喜劇』
- 『神曲』と『ボヴァリー夫人』
問題3:トルバドゥリズムの特徴
(マッケンジー大学)
トルバドゥリズムについて述べた次の文章のうち、正しいものを選んでください。
- この時代様式で最も多く探求されたテーマの一つは、貴族と農村の女性との間の官能的な愛の称揚である。
- 特に15世紀に発展し、神中心の文化から人間中心の文化への移行を反映している。
- 中世を通じて高い威信を保っていたため、ルネサンスの詩人たちに再評価され、比類なき美的水準に到達した。
- 作品が口承で伝えられていたため、音楽的効果を生むだけでなく、暗記を助けるという機能も併せ持つ形式上の工夫が重視された。
- テーマの面でも表現の面でも、この時代様式はギリシャ・ローマの美的規範の影響を取り入れた。
問題4:ダンテ『神曲』の構成
『神曲』は中世を代表する文学作品の一つです。ダンテ・アリギエーリによって書かれたこの作品は三部に分かれていますが、それぞれの部は何を表しているでしょうか。
- 黄金時代、青銅時代、鉄器時代
- 地獄、煉獄、天国
- 死者の世界、生者の世界、神々の世界
- ギリシャ世界、ローマ世界、ユダヤ・キリスト教世界
- ヨーロッパ世界、アメリカ世界、アジア世界
解答と解説
問題1の解答:A(風刺歌である)
この歌は、嘲笑を主題としていることから風刺歌(カンティガ・デ・エスカルニオ)に分類されます。作者は、歌の対象となっている女性(「醜い女=Dona fea」)に際立つ醜さの要素を借りて、詩全体の論拠を組み立てています。ギリャーデは13世紀後半のポルトガルを代表する風刺歌の名手で、社会批判や人物嘲笑を鋭い言葉で描いたことで知られています。
問題2の解答:C(『ローランの歌』と『ニーベルンゲンの歌』)
『ローランの歌』は、騎士道に関わるテーマを持つ詩群(歌)であり、フランス語の最も古い段階にあたる古フランス語で書かれています。これらの詩は民衆の口承物語をもとに編纂され、1130年代以降により整理された版が成立しました。一方、『ニーベルンゲンの歌』はドイツ中世の英雄叙事詩であり、両者とも中世武勲詩(シャンソン・ド・ジェスト)の系譜に連なる作品です。
問題3の解答:D(形式上の工夫が重視された)
トルバドゥールの歌は、吟遊楽士(ミンストレル)によって歌われ、聴衆の前で披露されるものでした。そのため、その構造は暗記と音節の正確な抑揚に大きく依存していました。押韻や定型的な形式といった工夫は、音楽的効果を生むと同時に記憶を助ける役割も果たし、このことは中世ヨーロッパにおける各国語の発展にも寄与しました。
問題4の解答:B(地獄、煉獄、天国)
『神曲』の構造は、キリスト教の宇宙観を構成する三つの部分に対応しています。すなわち、永遠の断罪を宣告された魂が置かれる地獄、天国へ昇る前に浄化を必要とする魂が過ごす煉獄、そして最後に、神、天使、聖人、救われた魂が住まう天国です。ダンテはローマの詩人ウェルギリウスを案内人として地獄と煉獄を巡り、天国では理想の女性ベアトリーチェに導かれるという構成で、中世キリスト教的世界観を見事に詩化しました。
このように、中世文学は口承性・宗教性・騎士道的価値観といった特徴を備えており、トルバドゥールの歌から『神曲』に至る作品群は、後のルネサンス文学への重要な橋渡しとなりました。