歴史クイズ

インカ帝国の演習問題|答えと詳しい解説付き4問

インカ帝国は、南米アンデス山脈地帯で栄えた先コロンブス期最大級の文明です。この記事では、実際の入試で出題されたインカに関する問題を4問取り上げます。各問題の後に解答と詳しい解説を掲載しているので、インカ社会の政治・経済・宗教について効率よく復習できます。

問題1:インカ社会の経済

(UFC) 近年、アレハンドロ・トレドがペルーの大統領に選出されました。選挙戦では、中央アンデスに大帝国を築いたインカ皇帝にちなんで、彼は「パチャクテク」と呼ばれました。インカ社会について正しい記述を選びなさい。

a) 先コロンブス期で最も重要な社会の一つとされるのは、被支配民族の文化を否定したことに基づいている
b) 経済は農業を基盤とし、国家による土地の分配や灌漑システムの整備が行われていた
c) 他の先コロンブス期の文化との違いは、平等な社会という理念にあった
d) 国内交易が盛んで、グアノ(海鳥の糞)が最も価値の高い産品の一つだった
e) インカの文化はスペインによる支配とともに完全に消滅した

解答:b

インカの経済体系は、基本的に農業を中心としていました。そのためには、複雑な灌漑設備や耕作地を維持するための構造物(段々畑=アンデネスなど)を建設する必要がありました。

問題2:クスコとインカの宗教観

(FGV/SP) 2001年、アレハンドロ・トレドは、先住民の血を引く者として初めてペルーの大統領に就任しました。マチュ・ピチュで執り行われた就任式典は、インカ帝国の儀礼と象徴に彩られました。インカについて正しい記述を選びなさい。

a) スペイン人の到来以前は一神教徒であり、彼らを自らの神ウィラコチャと同一視した
b) 政治と宗教が明確に分離しており、統治者たるインカにはいかなる神性も認められていなかった
c) クスコは12世紀頃に建設された帝国の政治的中核であるだけでなく、「世界のへそ」すなわち地上で最も神聖な場所とみなされていた
d) 武器・装飾品・道具の製造を目的とした冶金術が、帝国経済の基盤であった
e) アメリカ大陸の他の民族とは異なり、政治的・社会的構造は大きく改変されず、宗教的伝統も今日まで保たれてきた

解答:c

クスコの町は、インカの人々にとって「世界の中心」でした。帝国の領域配置がクスコの位置を基準としていたことからもそれがうかがえます。クスコは帝国の地理的な中心にも位置し、周辺の人口全体を引きつける存在でした。

問題3:「インカ」の意味と支配民族

「インカ」という呼称は、先コロンブス期の文明と結び付けられがちですが、本来は特定の民族集団ではなく、その統治者を指す言葉です。インカは太陽神の直系の子孫とみなされ、それゆえに立法者であり、法の執行者であり、軍の最高司令官でもありました。さて、インカに支配された主要な民族集団は何か、またアメリカ大陸のどの地域で発展したのでしょうか。

a) バントゥー系民族――南米北部、特に現在のペルーとエクアドルで発展
b) オルメカ系民族――現在のメキシコで発展し、後にアステカの源流となった
c) トゥピ・グアラニー系民族――アマゾン地域で発展し、現在のコロンビアやブラジルのアマゾナス州を含む
d) ケチュア系民族――南米北部、特に現在のペルーとエクアドルで発展
e) スー族――北米北部、カナダ国境に近い五大湖地方で発展

解答:d

インカの君主が統べた主要民族はケチュア族でした。彼らは南米のアンデス山脈沿いの広大な地域に居住し、とりわけ現在のペルーとエクアドルに集中していました。首都クスコに加えて、マチュ・ピチュの遺跡はその立地と優れた石造建築によって世界的に有名になりました。

問題4:インカ帝国の滅亡

フランシスコ・ピサロは、インカの最後の代表者、すなわち南米アンデス山脈北部に暮らすケチュア族の首長を倒した征服者です。この人物が倒されたのは何年のことで、その名は何だったでしょうか。

a) 1533年、アタワルパ
b) 1525年、ワイナ・カパック
c) 1530年、ワスカル
d) 1527年、モンテスマ
e) 1520年、クアウテモック

解答:a

厳密には「真のインカ」、すなわち太陽神の後継者となる統治者とはみなされていませんが、アタワルパは1525年に死去したワイナ・カパックの息子でした。ワイナ・カパックは、スペイン人が到来する前に統治した最後のインカです。彼は死に際して、帝国を二人の息子――正統な後継者ワスカルと、その異母弟アタワルパ――に分割しました。父の死後、アタワルパは異母兄との間で内戦を起こし、一時的に帝国全域の支配権を握りました。しかし1533年、フランシスコ・ピサロはアタワルパを決定的に打ち破り、処刑しました。

※補足:選択肢dのモンテスマとeのクアウテモックは、インカではなくメキシコのアステカの指導者です。混同しないよう注意しましょう。

まとめ

インカ帝国は、農業と灌漑技術を基盤に、太陽神の化身とされる皇帝インカを頂点とする中央集権的な統治を行った文明です。首都クスコを「世界のへそ」と仰ぎ、ケチュア族を中核にアンデス一帯を支配しましたが、1533年のアタワルパ処刑によりスペインによる征服が決定的となりました。試験対策としては、①経済基盤(農業・灌漑)、②宗教と政治の関係、③主要民族(ケチュア族)、④滅亡の経緯(アタワルパ)の4点を押さえておきましょう。