歴史クイズ

ソ連のペレストロイカとグラスノスチ:演習問題と詳しい解説

はじめに

1980年代後半、ソビエト連邦(ソ連)の指導者ミハイル・ゴルバチョフによって推進された「ペレストロイカ(改革・再構築)」と「グラスノスチ(情報公開・透明化)」は、冷戦終結とソ連崩壊へとつながる歴史の大きな転換点となりました。本記事では、この重要なテーマに関する演習問題と、その詳細な解説を紹介します。

問題1

(PUC-MG 改)1989年、ソ連の指導者ミハイル・ゴルバチョフはキューバ島を訪問しました。ペレストロイカの時代において、彼が狙いとしたものは次のうちどれでしょうか。

a) キューバの指導者をアメリカ政府に接近させ、カリブ海の島国に課されていた経済封鎖を打破すること。

b) フィデル・カストロに体制開放を説き、新しい資本主義的世界秩序へのキューバの参入を保証させること。

c) ソ連で進行していた深刻な経済危機のため、キューバへの投資撤収をキューバの指導者に伝えること。

d) 独裁者フィデル・カストロが主導する新ラテンアメリカ連帯機構にソ連を統合すること。

e) キューバに核弾頭を搭載した新型弾道ミサイルシステムを開発すること。

解答:正解は c

1970年代以降、ソ連を覆う経済危機が深刻化する中、「アメリカ大陸における共産主義の拠点」としてキューバを支え続ける戦略は、もはや維持不可能となりました。1989年以降、カストロ政権下のキューバはソ連からの支援を受けられなくなったのです。

問題2

(PUC-PR)ミハイル・ゴルバチョフの指導の下、「ペレストロイカ」はソ連における新たな経済の創出を目指し、「グラスノスチ」は政治的な開放を目指しました。その結果、ソ連は消滅し、CIS(独立国家共同体)が誕生しました。東欧における改革の対外政策上、最も重要な結果は何でしょうか。

a) 「スターウォーズ計画」によるアメリカの軍事力の増強。

b) 北朝鮮からの脅威への対応としての日本の軍事化。

c) NATO(北大西洋条約機構)の弱体化。

d) 冷戦の終結。

e) ワルシャワ条約機構の再編。

解答:正解は d

ワルシャワ条約機構に加盟する諸国とNATO加盟国との間に存在した政治的・軍事的緊張は、ソ連の崩壊とともに徐々に解消されていきました。この崩壊は、ミハイル・ゴルバチョフが提唱した経済・政治改革のプロジェクトによって大きくもたらされたものでした。

問題3

ペレストロイカとグラスノスチの諸施策によって、ソ連が同時に意図したものは次のうちどれでしょうか。

a) 軍隊の再編成と、西ヨーロッパの他地域占領の継続。

b) NATO加盟国を標的とする弾道ミサイルシステムの改革。

c) 経済危機の解決と、冷戦における政治的・軍事的緊張の終結。

d) キューバのワルシャワ条約機構への統合。

e) 中国の自国勢力圏への併合。

解答:正解は c

ペレストロイカ(再構築)は、極度の危機に陥っていたソ連経済を自由な国際市場へと移行させることを目指しました。一方、グラスノスチ(透明化)は、閉鎖的で権威主義的な体制から、開かれた民主的な体制への政治的移行のプロセスを導くことを目指したのです。

問題4

「グラスノスチ」という言葉は「透明性」に近い意味を持ち、ゴルバチョフによって政治の分野で用いられました。冷戦終結の文脈において、グラスノスチが示す意味は次のうちどれでしょうか。

a) ポリトビューロ(政治局)、すなわちソ連国家官僚制を中心とする政治体制の強化。

b) 国民への支配を確保する手段としてのKGBと秘密警察の強化。

c) ソ連のスパイシステムの改善。

d) 政治開放プロセスにおける透明性。共産党中心の閉鎖的なシステムから、民主主義が前面に出るシステムへの移行。

e) 規律と軍事化に基づく社会を基盤とする政治プログラムの改善。

解答:正解は d

グラスノスチの政策は、ソ連における政治開放のプロセスにおける透明性を基盤としていました。このプロセスは最終的にソ連構成共和国の崩壊につながり、それぞれが独立国家となる新たな体制への扉を開くこととなったのです。

まとめ

ペレストロイカとグラスノスチは、行き詰まったソ連の社会主義体制を立て直そうとしたゴルバチョフの試みでした。しかし、これらの改革はかえって体制の矛盾を露呈させ、1991年のソ連崩壊と冷戦の終結という歴史的大転換をもたらしました。試験対策としては、「ペレストロイカ=経済改革」「グラスノスチ=政治の透明化」という基本を押さえたうえで、それが冷戦終結へとつながった流れを理解しておくことが重要です。