ペルシャ湾岸戦争の宣戦布告:米国議会による決議
ペルシャ湾岸戦争(湾岸戦争)は、アメリカ合衆国議会が可決した決議に基づいて正式に開始されました。1990年8月にイラクが隣国クウェートへ侵攻したことを受け、国際社会は制裁や外交交渉による解決を模索してきましたが、イラク軍が撤退しなかったため、武力行使が現実の選択肢となりました。
1991年1月12日、米国議会はイラクに対する武力行使を承認する共同決議を可決しました。この決議は「対イラク武力行使承認決議(AUMF)」として知られ、上院では52票対47票、下院では250票対183票という接戦の末に成立しました。
AUMFが定めた4つの目的
この決議は、大統領に対し、「必要かつ適切と判断する」範囲での武力行使を認め、以下の4つの目標を掲げていました。
- クウェートからのイラク軍の即時・完全・無条件の撤退
- クウェートの合法政府の復権
- 中東地域におけるアメリカ国民および米国の利益の保護
- 関連する国連安全保障理事会決議の履行
署名から停戦までの経緯
当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、1991年1月14日にこの決議に署名し、法律として正式に成立させました。これを受けて米軍は同年1月17日、イラクに対する大規模な軍事作戦を開始しました。
戦争は約6週間続いた後、1991年2月28日にイラクと国連との間で停戦合意が結ばれ、終結しました。この一連の流れは、大統領の判断だけでなく議会の承認という民主的な手続きを経て戦争が開始された事例として、米国の歴史において重要な意味を持っています。