1941年12月7日(現地時間)、日本海軍の機動部隊による奇襲を受けたハワイの真珠湾では、アメリカ軍がかつてないほどの損害を被りました。本記事では、この攻撃で破壊された航空機の数を中心に、被害の全体像を詳しく解説します。
真珠湾攻撃で破壊された航空機は約188機
真珠湾攻撃によって完全に破壊されたアメリカ軍の航空機は約188機に上り、さらに約159機が何らかの損傷を受けました。日本軍は第一波・第二波を合わせて約350機の艦載機を出撃させており、攻撃側の損害がごく僅少だったことも相まって、歴史上まれに見る大戦果となりました。
軍種別に見る損害の内訳
- 海軍・海兵隊所属機:約92機が破壊、約31機が損傷
- 陸軍航空隊所属機:約96機が破壊、約128機が損傷
当時のアメリカ軍機は、敵襲を警戒せず密集して駐機されていたため、一方的な攻撃を受けて次々と破壊される結果となりました。
人的被害は犠牲者約2,400人
航空機以上に深刻だったのが人的被害です。兵士と民間人を合わせて約2,400人が死亡し、約1,100人が負傷しました。なお、「2,400」という数字は犠牲者数を指しており、破壊された航空機の数ではない点には注意が必要です。
艦船にも壊滅的な打撃
海上では戦艦4隻が沈没し、巡洋艦や駆逐艦を含む多数の艦艇が大破・損傷しました。中でも戦艦アリゾナの爆沈は1,100名以上の犠牲者を出す悲劇となり、現在も同地にはアリゾナ記念館が建てられ、多くの人々が訪れています。
世界史を変えた一日
真珠湾攻撃は、中立の立場を取っていたアメリカを第二次世界大戦へと引き込む決定的な転換点となりました。攻撃の翌日、ルーズベルト大統領は「屈辱の日」と呼ばれる有名な演説を行い、議会は対日宣戦を可決しています。