第一次世界大戦の主な発端
1914年に勃発した第一次世界大戦は、複数の要因が積み重なった結果として起こりました。主な背景は以下の通りです。
帝国主義(植民地争奪)
ヨーロッパ列強による植民地や資源をめぐる競争が激化し、国際関係は緊張の一色に包まれていました。この帝国主義的な対立こそが、大戦勃発の大きな要因となりました。
ナショナリズム(民族主義)の高揚
ヨーロッパ、とりわけバルカン半島における民族主義の台頭は、各国間の対立感情を一層強めました。多民族が混在するこの地域は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、緊張状態が続いていました。
軍拡競争(軍国主義)
列強各国は軍備と兵力の増強を進めた結果、互いへの不安と恐怖心が募り、小さな衝突でも容易に全面戦争へとエスカレートしやすい状況を作り出していました。
フランツ・フェルディナント大公暗殺事件
オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であるフランツ・フェルディナント大公が、セルビア人民族主義者によって暗殺された事件は、いわば導火線となり、第一次世界大戦の引き金となりました。
第二次世界大戦の主な発端
1939年に始まった第二次世界大戦にも、前大戦の処理の失敗など、いくつかの重要な要因がありました。
ファシズムの台頭
ドイツ、イタリア、日本などでファシズム政権や軍事独裁体制が台頭したことで、他国への侵略行為や国際法の無視が横行するようになりました。
ヴェルサイユ条約の過酷な条件
第一次世界大戦を終結させたヴェルサイユ条約は、ドイツに非常に厳しい賠償条件を課しました。これによりドイツ国民は屈辱と怨恨を抱くことになり、ナチス(ナチズム)の台頭を招く一因となりました。
宥和政策の失敗
戦争を回避するために侵略的国家の要求を受け入れる宥和政策は、ドイツと日本の膨張主義的な野心を食い止めることには失敗し、かえって彼らの攻撃性を助長する結果となりました。
ポーランド侵攻
1939年9月のドイツによるポーランド侵攻は、一般的に第二次世界大戦の開始とされています。この侵攻に対し、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告したことで、戦争は世界的な規模へと拡大していきました。