1812年から1815年にかけて戦われた米英戦争(War of 1812)では、イギリス軍にも多くの犠牲者が発生しました。「イギリス兵は一人も死んでいない」という説がありますが、これは史実に反する誤った情報です。本記事では、この戦争におけるイギリス側の犠牲者数について、信頼できる歴史的資料に基づいて解説します。
米英戦争とはどのような戦争か
米英戦争は、1812年6月にアメリカ合衆国がイギリスに対して宣戦布告したことで始まった戦争です。開戦の背景には、ナポレオン戦争期にイギリスが実施した海上封鎖や通商規制、アメリカ船員の強制徴用(インプレスメント)、そしてカナダ方面への領土的関心などがありました。戦争は北米大陸や五大湖周辺、大西洋上で激しく展開され、1814年末のゲント条約調印まで約2年半続きました。
イギリス兵の死亡者数は約1,600人以上
史料や統計の集計方法によって数値には幅がありますが、一般的な推計では、戦闘によるイギリス兵の戦死者は約1,600人から2,000人程度とされています。さらに、当時の劣悪な衛生環境を反映して、負傷の悪化や病気(腸チフスやマラリアなどの感染症)で亡くなる兵士が非常に多く、病死を含めた総死亡者数は数千人規模に達したと考えられています。一部の推計では、病気などあらゆる要因を含めた総死者数は8,000人を超えるともいわれています。
また、イギリス本国の正規軍だけでなく、カナダの民兵や先住民族の同盟勢力にも犠牲が出ており、戦争全体の人的損失はさらに大きくなります。
戦争の結果は「引き分け」だったのか
「イギリスはこの戦争に敗れていないため犠牲者は存在しない」という主張が一部で見られますが、これは論理的にも歴史的にも成立しません。実際には、米英戦争は明確な勝者なしに終結した戦争でした。ゲント条約では戦前の状態へのほぼ復帰が確認され、領土面での大きな変動はなかったものの、イギリス側もブラデンスバーグの戦い後のワシントンD.C.占領・放火や、ニューオーリンズの戦いでの甚大な損害など、多くの苦渋を経験しています。
まとめ
米英戦争におけるイギリス兵の戦死者は約1,600〜2,000人、病気などを含めると数千人規模に上ると推計されています。歴史に関する情報は、出典の明確な信頼できる資料に基づいて確認することが大切です。誤った情報が拡散されやすい現代こそ、一次史料や学術的な研究に立ち返る姿勢が求められます。