クロムウェルと歴代イングランド君主の決定的な違い
オリバー・クロムウェル(Oliver Cromwell)と、それ以前にイングランドを統治してきた君主たちとの最も重要な違いは、彼が貴族階級出身ではない点にあります。
これまでのイングランドの統治者は、ほぼ例外なく王室の一員あるいは上級貴族であり、血統による世襲によって権力を継承してきました。王位は「生まれ」によって決まるものだったのです。しかし、クロムウェルはそうした特権的な家柄の出身ではありませんでした。
平民出身者が権力の頂点へ
クロムウェルは、ハンティントンシャーの郷士(ジェントリ)の家に生まれました。確かに彼の家系には先祖にヘンリー8世の重臣トマス・クロムウェルを持つという由緒がありましたが、当時の社会的基準で言えば、彼はごく普通の中流階級にすぎませんでした。
にもかかわらず、クロムウェルは卓越した軍事的才能と強烈な政治的野心によって、自らの力で権力への道を切り開いていったのです。
清教徒革命と軍人としての台頭
17世紀半ばのイングランド内戦(清教徒革命)において、クロムウェルは議会派の騎兵隊「アイアンサイド(鉄騎隊)」を率いて目覚ましい戦果を挙げました。その後、国王チャールズ1世を処刑へと導き、1649年にはイングランドが共和国(コモンウェルス)として再編される中核的存在となります。
1653年には「護国卿(Lord Protector)」として国家元首の座に就き、事実上イングランドの最高権力者となりました。
歴史的な意義
つまり、クロムウェル以前の君主たちが血統と世襲によって支配の正統性を得ていたのに対し、クロムウェルは実力と政治的手腕によって権力を獲得した、という点こそが最大の相違なのです。
非貴族出身の人物がイングランドの最高権力者となったこの出来事は、イギリス史における画期的な転換点として、後世の政治体制や権威観念に大きな影響を与え続けました。