1689年にイングランド議会で制定された「権利章典(Bill of Rights)」は、イギリス憲政史における画期的な立法です。名誉革命によってジェームズ2世が退位し、ウィリアム3世とメアリー2世が即位するという政変を受け、スチュアート朝の君主による度重なる権力濫用への対応として成立しました。その目的は、王権を制限し、国民の権利を明確に確立することにありました。
王権の制限
権利章典が政府のあり方を大きく変えた要点の一つは、君主の権力を制限したことです。それ以前のイングランドでは、君主は絶対的な権力を持つ存在とみなされ、議会に諮ることなく自らの意思で法律を制定できるとされてきました。
しかし権利章典は、君主が法律を制定する際には必ず議会の同意を得なければならないと定めました。これにより、議会は国政運営への発言権を獲得し、君主が単独で望むままに法律を作ることを阻止できるようになったのです。国王の恣意的な課税や常備軍の維持も違法とされ、王権の行使に明確な法的枠組みが設けられました。
議会主権の確立
もう一つの重要な変化は、議会が国家の最高権威であることを定めた点です。それまで、イングランドにおける最高の権威は君主自身でした。ところが権利章典は、議こそが国家の最高機関であると宣言しました。
この結果、議会は君主の拒否権を恐れることなく法律を制定できるようになり、「議会主権(parliamentary sovereignty)」という原則が確立されました。この原則は、今日のイギリス政治体制を支える根幹となる考え方であり、権利章典によって初めて明文化されたものです。
国民の権利の保護
権利章典は、国民の基本的な権利と自由を保障することも目指しました。具体的には、議会内での言論の自由、請願の自由、公正な裁判を受ける権利、過酷な刑罰からの保護など、数多くの基本権が盛り込まれました。
これらの権利は、国民が政府の濫用から身を守るための盾となるだけでなく、政府が国民に対して説明責任を果たす仕組みをつくる上でも極めて重要でした。統治者も法の下に縛られるという思想が、ここで明確に示されたのです。
現代政治への影響
権利章典は、王権を制限し、議会主権を確立し、国民の権利を守るという三つの大きな変革をもたらした、歴史に残る立法でした。これらの変化は、民主主義と議会主権を基盤とする現代イギリスの立憲君主制の礎を築き、後のアメリカ合衆国憲法やフランス人権宣言など、世界各国の憲政にも深い影響を与えました。君主が統治し、議会が法を定めるという枠組みは、300年以上経った今もイギリス政治の中核であり続けています。