はじめに
20世紀初頭から現代に至るまで、イギリス軍は世界各地の数多くの紛争や軍事作戦に関与してきました。大英帝国の防衛、植民地の治安維持、そして国際連合やNATOによる多国籍作戦まで、その役割は時代とともに大きく変化しています。本記事では、1914年以降にイギリス軍が関与した主要な紛争を年代別にわかりやすく整理してご紹介します。
第一次世界大戦と戦後の混乱期(1914年〜1921年)
第一次世界大戦(1914年〜1918年)
イギリスは中央同盟国(ドイツ、オーストリア=ハンガリーなど)と戦った連合国側の中核的存在であり、西部戦線を中心に大規模な兵力を投入して勝利に大きく貢献しました。
ロシア内戦(1918年〜1921年)
ロシア革命後の混乱において、イギリスはボリシェヴィキ(赤軍)に対抗する白軍を支援するために干渉しました。
アイルランド独立戦争(1919年〜1921年)
独立を求めるアイルランド民族主義者とイギリス政府との間で武力衝突が発生し、最終的にアイルランド自由国の成立につながりました。
戦間期(1922年〜1939年)
チャナク危機(1922年)
ダーダネルス海峡の支配をめぐって、イギリスはトルコとの軍事衝突の瀬戸際に立たされました。
上海事件(1925年)
中国の民族主義運動が高まる中、上海でイギリス軍が中国側勢力と衝突しました。
ゼネラル・ストライキ(1926年)
国内では、大規模なゼネストの際に秩序維持のためイギリス軍が動員されました。
アビシニア危機(1935年〜1936年)
イタリアがエチオピア(当時はアビシニア)へ侵攻した際、イギリスは国際連盟とともに経済制裁を実施しました。
スペイン内戦(1936年〜1939年)
イギリス政府は公式には不干渉政策を維持しましたが、一部の義勇兵が共和政府側を支援し、この内戦はヨーロッパ全体の緊張を高める要因となりました。
第二次世界大戦(1939年〜1945年)
イギリスは再び連合国側の中核として、ドイツ、イタリア、日本などの枢軸国と戦いました。ヨーロッパ、北アフリカ、アジア太平洋地域の広範な戦線で決定的な役割を果たしました。
冷戦期と脱植民地化の時代(1946年〜1967年)
ギリシャ内戦(1946年〜1949年)
イギリスは共産ゲリラに対抗するギリシャ政府を支援するために介入しました。
マラヤ緊急事態(1948年〜1960年)
マラヤ(現在のマレーシア)では、共産主義ゲリラの反乱を鎮圧するために長期の治安作戦が展開されました。
マウマウ団の乱(1952年〜1960年)
ケニアでは、キクユ族を中心とした武装蜂起を鎮圧するためにイギリス軍が派遣されました。
キプロス緊急事態(1955年〜1959年)
ギリシャとの統合(エノシス)を目指すギリシャ系キプロス人民族主義者との紛争が発生しました。
スエズ危機(1956年)
エジプトによるスエズ運河国有化に対応して、イギリス、フランス、イスラエルがエジプトに侵攻しましたが、国際的な強い批判を受けて撤退しました。
ボルネオ紛争(コンフロンティ)(1962年〜1966年)
ボルネオ島をめぐる対立において、イギリスは新興国家マレーシアを支援し、インドネシアと対峙しました。
アデン緊急事態(1963年〜1967年)
南アラビアのアデンでは、独立を求める民族主義勢力との戦闘が続きました。
冷戦後から現代まで(1982年〜2011年)
フォークランド紛争(1982年)
アルゼンチンがフォークランド諸島を占領したことを受け、イギリスは遠征部隊を派遣して同諸島を奪還しました。
湾岸戦争(1990年〜1991年)
イラクのクウェート侵攻に対し、イギリスはアメリカ主導の多国籍軍に参加し、イラク軍をクウェートから排除しました。
コソボ紛争(1999年)
コソボにおけるアルバニア系住民への弾圧をめぐり、イギリスはNATO軍に参加してセルビアへの空爆作戦に従事しました。
アフガニスタン紛争(2001年〜2021年)
アメリカ同時多発テロを受け、イギリスはアメリカおよび同盟国とともに、ターリバーンとアルカイダに対する作戦に参加しました。約20年に及ぶ長期の展開となりました。
イラク戦争(2003年〜2011年)
イギリスはアメリカ主導の有志連合に加わり、イラクへの侵攻とその後の占領統治に参加しました。
リビア内戦(2011年)
反体制派を支援するため、イギリスはNATOの空爆作戦に参加し、リビア政府軍への攻撃を行いました。
まとめ
1914年以降、イギリス軍は世界大戦から局地的な紛争、国際的な多国籍作戦まで、実に20以上の主要な紛争に関与してきました。これらの紛争の歴史は、大英帝国の衰退と脱植民地化、そして冷戦から現代の国際秩序への移行といった、20世紀以降の世界史の大きな流れを映し出しています。