歴史クイズ

第一次世界大戦の最重要出来事とは?歴史を変えた9つの転換点

第一次世界大戦を動かした重要な出来事

1914年から1918年にかけて戦われた第一次世界大戦は、世界の歴史を大きく変えた出来事です。ここでは、この大戦の行方を左右した最も重要な出来事を時系列に沿ってご紹介します。

サラエボ事件――大戦の引き金となった暗殺

1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公が、セルビアの民族主義者によってサラエボで暗殺されました。この事件をきっかけに両国間の外交危機が深刻化し、ついに戦争へと突入することになります。

連鎖する宣戦布告

オーストリア=ハンガリーは、セルビアへの最後通牒が全面的に受け入れられなかったことを理由に、1914年7月28日に宣戦布告しました。セルビアの同盟国であるロシアが動員を開始すると、オーストリア=ハンガリーの同盟国ドイツも8月1日にロシアへ、翌日にはフランスへ宣戦布告し、戦火は瞬く間にヨーロッパ全土へ拡大していきました。

マルヌの戦い――パリ陥落を防いだ決戦

1914年9月5日から12日にかけて行われたマルヌの戦いは、大戦初期における最も重要な会戦の一つです。ドイツ軍のパリ進撃を食い止めたこの戦いにより、戦争は機動戦から塹壕戦へと移行し、以降の西部戦線は長期にわたる膠着状態に陥りました。

ガリポリの戦い――連合軍の敗北

1915年4月から1916年1月まで続いたガリポリの戦役は、連合軍が戦略上重要なダーダネルス海峡の制圧と、オスマン帝国の首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)攻略を目指した作戦です。しかし多大な犠牲を払った末、連合軍は撤退を余儀なくされる痛ましい敗北となりました。

ヴェルダンの戦い――長期に及ぶ消耗戦

1916年2月から12月まで続いたヴェルダンの戦いは、大戦中最長かつ最も凄惨な戦いの一つです。双方合わせて70万人以上が命を落とすという甚大な損害をもたらしました。

ソンムの戦い――史上最悪級の激戦

1916年7月1日から11月18日まで行われたソンムの戦いは、西部戦線最大の会戦です。300万人を超える兵士が参加し、100万人以上の死傷者を出しました。これは史上最も犠牲者の多い戦いの一つとして記録されています。

アメリカの参戦――戦局を左右した決定

ドイツが無制限潜水艦作戦を再開し、さらにメキシコに対して対米同盟を提案した「ツィンメルマン電報」が発覚したことで、アメリカは1917年4月にドイツへ宣戦布告しました。アメリカの参戦は、戦争の帰結に決定的な影響を与えることになりました。

ロシア革命――帝政の崩壊と離脱

1917年3月にニコライ2世皇帝の退位から始まったロシア革命は、ボリシェヴィキ党の台頭と、後のソ連成立への道を開きました。ロシアは1918年3月、ドイツとのブレスト=リトフスク条約調印により、大戦から離脱することとなります。

停戦と終戦――11月11日午前11時

1918年11月11日、連合国とドイツの間で休戦協定が調印され、大戦は正式に終結しました。同日午前11時に休戦が発効し、全戦線で戦闘が停止されました。第一次世界大戦は数百万人もの命を奪い、20世紀の歩みを方向づける深い爪痕を世界に残したのです。