バトル・オブ・ブリテン(1940年7月〜10月)は、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ空軍による猛攻撃からイギリス本土を守り抜いた歴史的な航空戦です。この戦いには、イギリス本国だけでなく、カナダやニュージーランド、そして占領下にあったポーランドなど、世界中から集まったパイロットたちが参加しました。ここでは、両陣営の参加者数を国別に詳しく見ていきます。
イギリスおよび英連邦側の参加者
イギリス側の主力となったのは、以下の部隊と国籍を持つパイロット・航空要員です。
- イギリス空軍(RAF):約1,250名
- 艦隊航空隊(FAA):約100名
- カナダ空軍(RCAF):約650名
- ニュージーランド空軍(RNZAF):約250名
- オーストラリア空軍(RAAF):約200名
- ポーランド空軍:約145名
- チェコスロバキア空軍:約60名
- ベルギー空軍:約40名
- 自由フランス空軍:約30名
なかでも特筆すべきは、祖国をドイツに占領されながらもイギリスで再起を誓ったポーランドやチェコスロバキア出身のパイロットたちです。彼らは卓越した操縦技術と強い復讐心で数々の戦果を挙げ、第303ポーランド戦闘機中隊は参戦部隊の中でも有数の撃墜数を記録しました。チャーチル首相の有名な演説「多くの人々が、これほど少数の者に負うところがあることは、かつてなかった」は、こうした多国籍の若者たちの勇気を称えた言葉として今も語り継がれています。
ドイツ側の参加者
一方、イギリス侵攻作戦「ゼーレーヴェ」の前哨として制空権獲得を目指したドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)からは、約2,650名のパイロットと航空要員が出撃しました。
両陣営の総参加人数
以上を合計すると、バトル・オブ・ブリテンに参加したパイロットおよび航空要員は、両陣営合わせて約5,500名となります。
数的にはドイツ側が有利でしたが、イギリスは当時最新鋭だったレーダー網と地上管制組織を駆使して効率的に迎撃を行いました。その結果、イギリス空軍は制空権を死守し、ヒトラーのイギリス本土上陸計画を事実上挫折させることになったのです。