駐車場の下から現れた人骨
2012年、イングランド中部の都市レスター。ある駐車場の下から一つの人骨が掘り出された。それは、1485年に戦場で命を落とした伝説のイングランド王リチャード3世の遺骸なのだろうか? この謎解きに、遺伝学者トゥーリ・キングは何年もの歳月を費やすことになった。オランダ・ロッテルダム自然史博物館で開催された第5回ホーボーケン講演で、彼女はそのスリリングな探索の全貌を語った。
「半日で終わるよ」と言われた初日に
「どうせ見つかりっこない。半日もあれば十分だよ」――2011年、考古学者リチャード・バックリーは、かつてフランシスコ会修道院グレイフライアーズの教会が建っていた場所での発掘調査への同行を依頼した際、トゥーリ・キングにそう告げたという。ところが初日、掘り始めてわずか数時間で、彼女は「彼」を発見してしまう。そう、あの有名なイングランド王リチャード3世である。
戦場で散った最後のプランタジネット朝の王
プランタジネット家最後の王となったリチャード3世は、1485年のボズワースの戦いで戦死した。想像できるほぼすべての傷を負った後、彼は裸のまま馬に乗せられ、民衆の前に晒されたという。数日後、遺骸はレスターのフランシスコ会修道院グレイフライアーズの教会に埋葬された。しかし、その後ヘンリー8世の命により多くの修道院が取り壊されると、王の墓の正確な位置は歴史の中に埋もれてしまった。
王の熱心なファンが動いた
「修道院が取り壊された後、彼の遺骸は戦場へ向かう途中に渡った川へ投げ込まれた、という噂が流れたのです」とキングは満席の講演で語った。しかし、旧教会の地下に今も眠っていると信じる人々もいた。その一人が、スコットランドの作家にしてリチャード3世の熱心なファン、フィリッパ・ラングレーである。彼女は市議会や大学へ粘り強く働きかけ、ついに「憧れの王を探すプロジェクト」を実現させた。
こうして2012年の雨の日、キングは駐車場の下から脚の骨が現れるのを目にする。ただし最初は無視した。本当に正しい場所にいるのか確かめたかったからだ。「当時は、旧教会の内側を掘っているのか、外側なのかさえ分かりませんでしたから」。ところが1週間後、初日に掘った地点こそが教会の聖域(サンクチュアリ)であることが判明する。歴史書の記述通りなら、まさにリチャードが埋葬されていたはずの場所だった。
極秘で進められた鑑定
人骨が地上に現れた後、キングとチームは数ヶ月にわたり、徹底的な秘密主義のもとで調査を進めた。町中が「これは王なのか?」と噂し合う中、「夫にも子どもたちにも話していませんでした。他の保護者が自分の子どもに『何か知らない?』と聞き出させるかもしれなかったからです」。まず確認したのは性別。結果は男性で、しかも重度の側弯症(背骨が湾曲し、常に片方の肩が高くなる症状)を抱え、四肢と頭部に深刻な損傷を受けていた。「頭蓋骨の上面には3つの傷があります。3Dスキャンの結果、うち2つは同一の剣によるものと分かりました。その一つは頭蓋骨の底まで達しています。これが致命傷だった可能性が高いのです」。骨の調査を担当したのは、考古学者ジョー・アップルビーだった。
魚好きの王が年代測定を狂わせる?
次の段階は放射性炭素年代測定だ。「重要なのは、文献からリチャードが魚を好んで食べた人物だと分かっていた点です。魚食は測定結果に大きく影響するため、補正を考慮しなければなりません。魚はプランクトンを食べ、魚は魚を食べ、さらにその魚を別の魚が食べる。そして私たちがその魚を食べる。この連鎖のせいで、実際よりも古い年代が出てしまうんです」。最終的に導き出された年代は1456年〜1530年。リチャードの没年である1485年は、見事にこの範囲に収まっていた。
ここまでの証拠だけでも十分説得力があった。しかし遺伝学者のキングとしては、リチャードの歯から抽出したDNAの解析もぜひ行いたかった。そのためには直系の子孫の協力が不可欠だ。DNA鑑定には、父方の男系で受け継がれるY染色体を使う方法と、母方の女系で受け継がれるミトコンドリアDNAを使う方法がある。「彼の血縁者だと言って、自分の体の一部を提供したいという申し出がどれほど多く届いたか、想像もつかないでしょう。頬の粘膜をつけた綿棒が入った、ずぶ濡れの封筒を受け取ったことさえあるんですから」
中世の「牛乳配達人」が男系を断つ
系譜調査の結果、男系の子孫があと5人生存しているはずだと分かった。「ところが残念ながら、彼らはすぐに脱落しました。おそらく中世に、何人もの『牛乳配達人』が立ち寄ったのでしょう。Y染色体は生物学的な父親から受け継がれますが、その人物が『父親だと思っている男』とは限りませんから」。案の定、5人の男性の誰のDNAも、リチャードのものとは一致しなかった。
一方、女系では運が味方した。チームはマイケル・イブセンとウェンディ・ダルディグという2人の子孫を突き止めた。「死後、DNAは分解されて細かな断片になります。それでも、イブセンさんとダルディグさんのDNA断片をリチャードのDNAと並べた途端、すでに一致していたんです」。同じ実験を別の研究室でやり直しても結果は同じ。もう疑いようがなかった。「教会で成人男性の遺体が見つかる確率、側弯症の人物が見つかる確率、戦闘の傷を持つ遺体が見つかる確率。これらを掛け合わせると、670万分の1という数字になります。つまり、私たちが『彼』を見つけた確率は99.9999%なのです」
科学者たちはさらに、音響分析などの技術を駆使して、リチャードがどのような声の持ち主だったのかを復元することにも成功している。
再葬へ、そして研究は続く
リチャードの遺骸は、キングが研究のために採取したサンプルも含め、すべて2015年3月にレスター大聖堂で改めて埋葬された。キング自身もその式典に立ち会った。「私たちの仕事にとって、とても美しい結末でした。振り返ってみれば、彼は王でいた期間よりも長く、私たちの管理下にあったのです」。現在、キングは採取サンプルの最新分析を進めている。ゲノム全体の解読に取り組む一方、歯石からどんな情報を引き出せるかの研究も行っている。「歯石を調べれば、彼がどんな感染症を患っていたか、何を食べていたかが分かるんです」。とはいえ、新たな発掘計画は当面ないという。「このプロジェクトのような幸運には、そう簡単には二度と巡り会えませんから」