歴史物語

ネルソン・マンデラの獄中仲間、アンドリュー・ムランゲニ氏が死去――95歳

南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)との闘いを支えた重要人物であり、ネルソン・マンデラ元大統領と行動を共にし、獄中でも同志だったアンドリュー・ムランゲニ氏が死去した。95歳だった。南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領が発表した。

「時代の終わり」を告げる死

ラマポーザ大統領はツイッター(現X)への投稿で、「火曜日から水曜日にかけての夜間にアンドリュー・ムランゲニ氏が亡くなった知らせを受け、深い悲しみに包まれている」と述べた。大統領府によると、ムランゲニ氏は7月14日、腹痛を訴えてプレトリアの病院に入院していたという。

さらに大統領は声明の中で、同氏の死について「これは一つの時代の終わりを意味し、私たちの未来は私たち自身の手に委ねられた」と語った。

リボニア裁判最後の生存者

アンドリュー・ムランゲニ氏は、悪名高いリボニア裁判(1963〜64年)の被告の中で最後まで生き残った人物だった。この裁判では、ネルソン・マンデラをはじめとする反アパルトヘイト闘争の中心であるアフリカ民族会議(ANC)の著名な活動家たちが終身刑を言い渡された。

この裁判は歴史に名を刻むこととなった。当時の弁護者として法廷に立ったマンデラ氏は、自らの政治的信念を世界に訴えかけ、国際的な注目を集めたのである。その約30年後の1994年、マンデラ氏は南アフリカ初の黒人大統領に就任した。

ムランゲニ氏は獄中で26年もの歳月を過ごした。

勇気ある世代の「最後の記念碑」

ノーベル平和賞受賞者でマンデラ氏の戦友でもあるデザモンド・ツツ氏は、ムランゲニ氏について「私たち全員が自由を手にできるよう、自らの自由、キャリア、家庭生活、そして健康を犠牲にした、勇気ある南アフリカ人の世代の『最後の記念碑』だった」と追悼した。さらに「バトンを受け取り、この道のりを完走するのは、今や若い世代の役割だ」と述べた。

ANCが闘った人種差別的なアパルトヘイト体制は1994年に公式に崩壊したが、黒人多数派と白人の間の格差は今日なお深刻なまま残されている。

ANCはこの日、ムランゲニ氏を「人民の自由を自らの命よりも重く考えた」「最も卓越した闘士の一人」として称えた。

晩年の活躍

2018年には、リボニア裁判を描いたドキュメンタリー映画『国家対マンデラ、そして他の人々』のクルーとともに、カンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いたことでも話題となった。

なお、リボニア裁判で有罪判決を受けたもう一人の被告、デニス・ゴールドバーグ氏も今年4月、87歳でこの世を去っている。