史上初の快挙――原子力潜水艦「トリトン」の潜航世界一周
1960年5月10日、アメリカ海軍の原子力潜水艦「USS トリトン(SSRN-586)」が、一度も浮上することなく地球を一周するという前人未到の航海を完遂しました。これは人類史上初となる「潜航状態での無寄港世界一周」であり、冷戦期におけるアメリカ海軍の技術力と戦略的抑止力を世界に示す歴史的な出来事となりました。
約84日間、6万6000キロに及ぶ航海
トリトンは1960年2月16日、コネチカット州ニューロンドンを出港しました。エドワード・L・ビーチ艦長の指揮のもと、大西洋を南下して南米最南端のホーン岬(ケープホーン)を回り、太平洋へ抜けた後、フィリピンやグアム近海を経由してインドネシアのロンボク海峡からインド洋へ進み、喜望峰を回って再び大西洋へ戻るという、ほぼマゼランの航路に沿ったルートを航行しています。
航海は約84日間に及び、総航程は約3万6000海里(およそ6万6700キロ)。この間、艦は一切浮上せず、補給も寄港も行われませんでした。
作戦名「サンドブラスト」
この航海は「サンドブラスト作戦(Operation Sandblast)」と命名され、当時緊張が高まっていたソ連に対し、原子力推進による水中での長期・遠距離行動能力を実証することを目的としていました。帰還の時期は、パリで開催予定だった米ソ首脳会談に合わせて調整されたとも伝えられています。
帰還後の評価と歴史的意義
5月10日、トリトンはデラウェア湾沖で浮上し、約3か月ぶりに母国の海へ戻りました。この偉業に対し、アイゼンハワー大統領は乗組員に殊勲部隊章(Presidential Unit Citation)を授与しています。
トリトンは当時世界最大級の潜水艦であり、2基の原子炉を搭載した唯一の艦としても知られます。今回の航海は、後の戦略ミサイル原子力潜水艦による水中抑止体制の実現可能性を証明するものであり、海軍史に残る金字塔として記録されています。