歴史物語

ヘイマーケット事件の後、労働騎士団のメンバーがアメリカ労働総同盟(AFL)へ移ったのは本当?

ヘイマーケット事件とは

ヘイマーケット事件(干し草市場の暴動)は、1886年5月4日にイリノイ州シカゴで発生し、アメリカ労働運動史における重大な転換点となった出来事です。この事件では複数の労働者と警察官が死亡し、社会全体に大きな衝撃と怒りを与えました。その結果、労働者の権利と保護を求める声が高まり、改革への機運が一気に盛り上がりました。

アメリカ労働総同盟(AFL)の結成

ヘイマーケット事件を契機として、1886年にアメリカ労働総同盟(AFL)が結成されました。AFLは全国規模の労働組合の連合体であり、加盟組合員の労働条件や賃金の改善を目指して活動しました。組織は急速に拡大し、アメリカ労働運動における強力な勢力へと成長していきました。

労働騎士団との関係

AFLのメンバーの多くは、1869年に設立されたより急進的な労働団体「労働騎士団(Knights of Labor)」の出身でした。労働騎士団は、技能や職種を問わずすべての労働者に門戸を開いていた点が大きな特徴です。しかし、1880年代後半になると、より穏健な路線を取るAFLに魅力を感じるメンバーが続出し、労働騎士団は急速に衰退していきました。

歴史的意義

つまり、「ヘイマーケット事件の結果、多くのメンバーが労働騎士団からAFLへと移った」というのは事実です。ヘイマーケット事件とその後のAFL結成は、アメリカ労働運動の歴史を大きく変える分水嶺となりました。AFLはその後、アメリカの組織労働における中心的な存在となり、合衆国における労働者の生活水準向上に多大な貢献を果たしたのです。