アメリカ独立戦争と二人の黒人英雄
クリスパス・アタックス(Crispus Attucks)とピーター・セイラム(Peter Salem)は、アメリカ独立戦争において最も著名なアフリカ系アメリカ人の人物です。二人ともアメリカの独立という大義のために命を懸けて戦い、歴史に深い足跡を残しました。
二人の共通点
1. 奴隷として生まれた
アタックスは1723年頃、マサチューセッツ州フラミンガムで生まれました。父はネイティブ・アメリカンの血を引く奴隷、母はアフリカ出身の奴隷だったと伝えられています。セイラムも1750年頃、同じマサチューセッツで奴隷の家庭に生まれました。二人とも「生まれながらの自由」ではなく、奴隷制という不条理の中から自らの道を切り開いた点で共通しています。
2. 自由のために戦った
セイラムは1775年、従軍と引き換えに自由の身となり、民兵としてレキシントン・コンコードの戦い(1775年4月)やバンカーヒルの戦い(同年6月)など、独立戦争の主要な戦闘に参加しました。特にバンカーヒルでは英軍のジョン・ピットケアン少佐を撃ち倒した功績で知られています。
一方のアタックスは、1770年3月5日のボストン虐殺事件で英兵の発砲により命を落とし、「独立戦争最初の犠牲者」として広く認識されています。二人とも、肌の色に関わらず自由を求める当時の人々の思いを体現する存在となりました。
3. 奴隷制廃止運動の象徴となった
生前の活躍の形こそ異なるものの、二人は後の時代、奴隷制廃止(アボリショニスト)運動の重要な象徴として語り継がれました。アタックスは「自由のために命を捧げた殉教者」、セイラムは「武器を手に名誉を勝ち取った黒人兵士」の代表例として、19世紀の廃止論者たちによってたびたび取り上げられました。
二人の相違点
- 最期の違い: アタックスは1770年のボストン虐殺事件で亡くなり、独立戦争の帰結を見届けることはできませんでした。一方、セイラムは終戦まで生き延び、1816年までその生涯を全うしました。
- 自由を得た経緯: アタックスは青年期に主人のもとから逃亡し、船員や港湾労働者として生計を立てていたとされます。セイラムは従軍を条件に自由を与えられました。
- 記憶され方: アタックスは「最初の犠牲者」として革命の象徴的な殉教者となり、セイラムは実戦での武勇で知られる兵士として記憶されています。
まとめ
生い立ちも人生の結末も異なる二人ですが、クリスパス・アタックスとピーター・セイラムは、いずれもアメリカの独立と自由という大義のために身を挺した勇者です。奴隷から解放へ、無名から歴史の表舞台へ——二人の物語は、アメリカ建国の理念が多様な人々の手によって形作られたことを、今日にまで伝え続けています。