「第二次ニューディール」という言葉を目にして、その人気の理由を知りたいと思った方も多いでしょう。まず押さえておきたいのは、ニューディールとは、フランクリン・D・ルーズベルト大統領が1933年から1939年にかけて、世界大恐慌への対応として実施した一連の政策の総称であるという点です。
そもそも「第二次ニューディール」とは何か
厳密に言えば、ニューディールは単一のまとまった計画ではなく、恐慌対策として次々と打ち出された政策や立法の集まりでした。しかし歴史学者の間では、その内容や性格の変化に着目し、第一次ニューディール(1933〜1934年頃)と第二次ニューディール(1935年以降)という二つの局面に分けて捉えることが一般的になっています。つまり「第二次ニューディール」は公式の制度名ではなく、研究者が便宜上用いる区分なのです。
第二次ニューディールの主な政策
社会保障法(1935年)
老齢年金や失業保険を導入し、アメリカ史上初となる全国的なセーフティネットを築き上げました。高齢者や失業者を直接支える仕組みとして、多くの国民の生活を支えました。
ワグナー法(全国労働関係法)
労働者の団結権と団体交渉権を法的に保障し、労働組合の発展を大きく後押ししました。労働者の待遇改善につながる法律として、労働層からの強い支持を集めました。
事業促進局(WPA)
道路、橋梁、学校、公共建築物などの公共事業を通じて、数百万人規模の雇用を創出しました。「救済より仕事を」という理念のもと、失業者に尊厳ある職を提供した点が評価されました。
なぜこれほど支持されたのか
第二次ニューディールが人気を博した理由には、次のような点が挙げられます。
1. 生活に直結する利益をもたらしたこと: 年金、失業保険、雇用創出など、普通の人々の暮らしを直接的に守る政策だったため、幅広い階層に実感を持って受け入れられました。
2. 労働者の権利を拡大したこと: 組合活動の自由を保障したことで、工場労働者など都市部の労働層から熱心な支持を得ました。
3. 格差是正のメッセージが響いたこと: 富裕層への課税強化など「富の再分配」を掲げたことで、不況下で苦しむ大多数の人々の共感を呼びました。
まとめ
ニューディール自体は1933年から1939年にかけて展開された一連の政策ですが、歴史的には1935年以降の「第二次ニューディール」と呼ばれる局面が、社会保障制度の確立や労働者保護など、現代アメリカの社会政策の基礎を築きました。庶民の生活を直接支える政策群であったことが、高い人気と支持につながったのです。