歴史物語

第二次世界大戦、イギリスはなぜドレスデンを爆撃したのか?その背景と経緯

1945年2月13日から15日にかけて、ドイツ東部の都市ドレスデンに対して大規模な空爆が実行されました。この爆撃はイギリス単独の作戦ではなく、イギリス空軍(RAF)とアメリカ陸軍航空軍(USAAF)による共同作戦として行われたものです。

爆撃の実施主体

ドレスデン爆撃は、まず2月13日夜から14日未明にかけてイギリス空軍爆撃機軍団が夜間爆撃を実施し、続いて2月14日にはアメリカ陸軍航空軍が昼間に爆撃を行いました。両国の航空部隊が連携した作戦であったため、「イギリスだけが爆撃した」あるいは「イギリスは関与していない」といった誤解が生じることがありますが、正確には連合国軍による共同作戦だったのです。

爆撃の目的

1. ドイツの輸送網への打撃

当時のドレスデンは、ドイツ東部における重要な鉄道の結節点でした。兵員や物資の輸送拠点として機能していたため、これを破壊してドイツ軍の補給を妨害することが主な軍事目標とされました。

2. ソ連軍の進撃支援

爆撃が行われた時期はヤルタ会談の真っ只中であり、西側連合国には東から進撃するソ連軍を支援する意図もありました。ドイツ軍の後方を撹乱することで、東部戦線でのソ連軍の前進を助ける狙いがあったとされます。

3. 都市への絨毯爆撃政策

イギリス空軍はそれ以前にもハンブルクやベルリンなど主要都市への無差別爆撃(エリア爆撃)を実施しており、ドレスデンもその延長線上にある作戦でした。市民の士気をくじき、ドイツの戦争遂行能力全体を低下させることが目的とされていました。

爆撃の結果

激しい空襲により市街地の広範囲が焼失し、フラウエン教会やツヴィンガー宮殿など、長い歴史を持つ建造物の多くが破壊されました。犠牲者数については現在でも諸説ありますが、推計でおよそ25,000人とされています。

戦後まで続く論争

終戦が目前に迫っていた時期に行われたこの爆撃は、果たして軍事的に必要だったのかどうかをめぐり、長年にわたり議論の対象となってきました。「戦争犯罪に相当するのではないか」という批判や、文化的価値の高い都市への攻撃に対する倫理的な疑問は今日まで残っており、ドレスデン爆撃は第二次世界大戦における無差別爆撃の象徴的な出来事として記憶され続けています。