ホセ・リサールの本名
フィリピンの国民英雄として知られるホセ・リサール(Dr. Jose Rizal)の正式な本名は、ホセ・プロタシオ・リサール・メルカード・イ・アロンソ・レアロンダ(José Protacio Rizal Mercado y Alonso Realonda)です。
彼は1861年6月19日、フィリピン・ラグナ州のカルンバ(Calamba)という町で生まれました。
長い名前の構成と由来
一見すると非常に長く複雑に感じられるこの名前には、スペイン植民地時代の命名慣習が反映されています。
「イ(y)」はスペイン語で「〜と」を意味する接続詞であり、父方の姓と母方の姓をつなぐ役割を果たしています。具体的には以下のように分解できます。
- ホセ(José):洗礼名(ファーストネーム)
- プロタシオ(Protacio):守護聖人にちなんだミドルネーム
- リサール(Rizal):後に採用された家名。「畑(rizal)」を意味するとされる
- メルカード(Mercado):父方の本来の姓。「市場」を意味する
- アロンソ・レアロンダ(Alonso Realonda):母方の姓
「リサール」という姓を採用した理由
もともと家族は「メルカード(Mercado)」という姓を使用していましたが、当時のスペイン当局による監視や迫害を避けるため、父フランシスコ・メルカードは家族の姓を「リサール(Rizal)」に変更したと言われています。この改名は、当時のフィリピン人にとって安全を確保するための賢明な判断でした。
ホセ・リサールとはどんな人物?
ホセ・リサールは、医師・作家・言語学者として多彩な才能を発揮し、スペインの植民地支配下にあったフィリピンの改革運動を主導しました。
代表作である『ノリ・メ・タンゲレ(Noli Me Tangere)』と『エル・フィリブステリスモ(El Filibusterismo)』は、植民地体制の矛盾を鋭く描き、フィリピン人の民族意識を大きく喚起しました。
1896年12月30日、マニラで処刑されましたが、その死はフィリピン独立運動の決定的な転換点となりました。現在でも毎年12月30日は「リサール・デー」として、フィリピンの国民的祝日に定められています。