「ソンムの肉屋」と呼ばれた男
第一次世界大戦の歴史に登場する「ソンムの肉屋(Butcher of the Somme)」という恐ろしいあだ名は、ドイツ軍の第一兵站総監を務めたエーリヒ・ルーデンドルフに向けられたものだと紹介されることがあります。
この不吉な称号の由来となったのは、彼が立案したとされる悲惨な戦術です。その結果、連合国側と中央同盟国側の合計死傷者は100万人を超える規模に達しました。
わずか5か月で60万人超の犠牲者
とりわけ深刻だったのは連合国側の損害です。1916年にフランス北部のソンム川沿岸で展開された攻防では、わずか5か月間のうちに60万人以上の将兵が死傷しました。
容赦ない砲撃、相次ぐ突撃命令、そしてわずかな前進のために払われる膨大な人的犠牲――こうした光景が繰り返されたことこそが、「肉屋(屠殺者)」という残酷な言葉をこの戦いに結び付けることになったのです。
あだ名をめぐる議論
なお、歴史学的には「ソンムの肉屋」というあだ名は、イギリス遠征軍(BEF)総司令官ダグラス・ヘイグ将軍を指すのが最も一般的です。ソンムの戦いは主にイギリス軍主導で実施された攻勢であり、開戦初日だけで約57,000人の死傷者を出した責任がしばしば問われてきました。その一方で、西部戦線のドイツ軍を実質的に指導したルーデンドルフの名が挙げられるケースもあります。
どちらの人物を指す場合であっても、「ソンムの肉屋」というあだ名が象徴しているのは、指揮官たちの決断がもたらした途方もない人的損耗と、塹壕戦の無残さそのものだと言えるでしょう。