ロシア革命――世界を変えた1917年
1917年のロシアで起こった二つの革命は、20世紀の歴史の流れを根本から変える転換点となりました。第一次世界大戦の長期化による疲弊の中で、帝政ロシアはわずか一年のうちに二度も政権が交代するという激動の時代を迎えます。
二月革命:皇帝ニコライ2世の退位
1917年2月、首都ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)では食料不足が深刻化し、労働者や市民によるストライキとデモが相次いで発生しました。不満は瞬く間に拡大し、ついに皇帝ニコライ2世は退位へと追い込まれます。こうして約300年続いたロマノフ王朝の支配は終わりを迎え、臨時政府が樹立されました。
臨時政府の苦悩:戦争の継続という誤算
しかし、新たに成立した臨時政府は第一次世界大戦からの離脱を選ばず、連合国側として戦争を継続しました。この決定が致命傷となります。前線では士気の低下と敗北が重なり、兵士だけでなく一般市民の間にも厭戦感情が急速に広がっていきました。国民の支持を失った臨時政府は、次第に求心力を弱めていきます。
十月革命:レーニンとボリシェヴィキの権力掌握
同年11月(旧暦10月)、ウラジーミル・レーニン率いるボリシェヴィキ党が武装蜂起を実行し、臨時政府を打倒しました。これがいわゆる「十月革命」です。ボリシェヴィキは「平和・土地・パン」を掲げて民衆の圧倒的な支持を集めており、短期間のうちにロシアの政権を掌握することに成功したのです。
東部戦線の終結とヨーロッパへの影響
新政権となったボリシェヴィキ政府は、ドイツとの講和条約(ブレスト=リトフスク条約)を締結し、第一次世界大戦から離脱しました。これにより東部戦線での戦闘は終結します。この決定は戦局に大きな影響を与えました。東部戦線に釘付けされていたドイツ軍の大部隊が西部戦線へ移動できるようになり、西部戦線の攻防はさらに激しさを増すことになったのです。
1917年のロシア革命は、単なる一国内の政変にとどまらず、世界初の社会主義国家の誕生という歴史的な転換をもたらしました。その波紋は、その後の国際政治や冷戦構造の形成にまで深く影響を及ぼしていきます。