歴史物語

オーヴィル・ライトは兄ウィルバーの死後、何をしたのか?

ウィルバー・ライトは1867年に生まれ、1912年5月30日、45歳という若さで腸チフスのためこの世を去りました。人類初の動力飛行を成し遂げた天才発明家の早すぎる死は、世界中の航空関係者に大きな衝撃を与えました。


ここで押さえておきたい重要な事実があります。兄弟の中で先に亡くなったのは兄ウィルバーの方であり、弟のオーヴィル(1871年生まれ)は兄の死を見届けています。逆に言えば、ウィルバーが1948年1月30日に亡くなったオーヴィルの最期を目撃することは決してありませんでした。


兄の死後、オーヴィルが歩んだ道


ウィルバーの死後、オーヴィルはライト社の経営を引き継ぎましたが、事業運営よりも研究開発への情熱が勝り、1915年に会社の株式を売却して経営の一線から退きました。


その後も飛行機の改良に取り組み続け、1913年には自動安定装置の開発によってコリアー・トロフィーを受賞しました。さらに、アメリカ政府の諮問機関であるNACA(国家航空諮問委員会)のメンバーとして、航空技術の発展に大きく貢献しています。


晩年のオーヴィル


晩年のオーヴィルは故郷のオハイオ州デイトンで穏やかな生活を送りながら、飛行機関連の研究のほか、顕微鏡など新しい分野の発明にも挑戦しました。そして1948年1月30日、76歳でその波乱に満ちた生涯を静かに閉じたのです。