歴史物語

C.J.ウォーカー夫人が娘を出産したのは何歳のとき?

C.J.ウォーカー夫人、母になったのは17歳のとき

「アメリカ初の女性自力成功者(ミリオネア)」として知られるC.J.ウォーカー夫人――本名サラ・ブリードラブ(Sarah Breedlove)――は、1885年6月6日に一人娘レリア・マクウィリアムズ(Lelia McWilliams、後のアレリア・ウォーカー)を出産しました。このとき彼女はまだ17歳(資料や数え方によっては18歳とされることもあります)。ごく若い母親だったのです。

10代での結婚と出産の背景

サラは1867年12月23日、ルイジアナ州の綿花プランテーションで、元奴隷だった両親のもとに生まれました。幼くして両親を失った後、親族のもとで過ごすなか、14歳前後でモーゼス・マクウィリアムズとの結婚を選びます。そして1885年、10代のまま娘レリアを授かったのです。

若き未亡人としての苦難

しかしその幸福は長く続きませんでした。夫モーゼスは1887年頃に亡くなり、サラは20歳になる前に未亡人となり、幼い娘をひとりで育てることになります。洗濯女工として働きながら娘を養う厳しい日々のなかで、彼女はやがて黒人女性向けのヘアケア製品の開発・販売に道を見いだし、後に歴史に名を残す大実業家へと成り上がっていきました。

娘レリアのその後

一人娘のレリアは、母の事業のパートナーとして活躍しただけでなく、「アレリア・ウォーカー」の名で知られる社交界の人物となり、ハーレム・ルネサンスを支えた重要な存在にもなりました。

このようにC.J.ウォーカー夫人は、10代で母となり、若くして未亡人という試練を経ながらも、娘との絆が人生の大きな支えとなり、アメリカ史上類まれな成功への原動力を築いていったのです。