歴史物語

1485年に起きた歴史的出来事とは?世界を変えた7つの転換点を解説

1485年は、ヨーロッパ史における大きな転換点のひとつです。イングランドでは長年にわたる内乱「バラ戦争」が終結してテューダー朝が幕を開け、大陸では各国の勢力図が塗り替えられました。この記事では、1485年に起きた主な出来事をわかりやすく解説します。

1. ボズワースの戦い ― バラ戦争の終結

1485年8月22日、イングランド中部のボズワースで、国王リチャード3世率いるヨーク派と、ヘンリー・テューダー率いるランカスター派が激突しました(ボズワースの戦い)。これは約30年に及ぶ王位継承紛争「バラ戦争」の事実上の最終決戦であり、ヘンリーの勝利によって中世イングランドの時代に幕が下ろされました。

2. リチャード3世の戦死とプランタジネット朝の滅亡

リチャード3世はこの戦場で討ち死にしました。イングランド王が戦死したのは、1066年のヘイスティングスの戦いでのハロルド2世以来のことです。彼の死により、1154年から約330年続いたプランタジネット朝は終わりを迎えます。なお、リチャード3世の遺体は長く行方不明でしたが、2012年にレスター市内の旧修道院跡から遺骨が発見され、2015年に大聖堂で改めて埋葬されました。

3. ヘンリー7世の即位とテューダー朝の成立

ボズワースでの勝利を受けて、ヘンリー・テューダーは同年10月30日、ウェストミンスター寺院で戴冠しヘンリー7世となりました。さらに翌1486年1月には、前王エドワード4世の長女エリザベス・オブ・ヨークと結婚。白バラ(ヨーク家)と赤バラ(ランカスター家)をひとつの「テューダー・ローズ」として統合し、国内和解と王朝の安定の象徴としました。

4. コロンブスの転機 ― 新大陸発見への布石

ジェノヴァ出身の航海者クリストファー・コロンブスは、1485年にポルトガル王ジョアン2世からの支援獲得に失敗し、スペインへ移住しました。その後も数年にわたりイサベル女王らへの働きかけを続け、1492年に第一次航海を実現して10月に西インド諸島へ到達します。つまり1485年は、後の「アメリカ大陸発見」へとつながる運命の転機となった年だったのです。

5. 活版印刷の普及と『アーサー王の死』の刊行

イングランド商人ウィリアム・カクストンは、1476年にウェストミンスターへイングランド初の印刷所を開設していました。そして1485年7月31日、トマス・マロリーによる騎士物語の集大成『アーサー王の死』を刊行します。活版印刷の普及は書物の大量生産を可能にし、文学や知識の伝播を飛躍的に加速させ、後のルネサンス文化の発展にも大きく寄与しました。

6. スター・チェンバー(星の間)裁判所の強化

ヘンリー7世は即位後、王室評議会を母体とする司法組織「スター・チェンバー(星の間裁判所)」の権限を強化しました。貴族の私戦や反逆罪、政治犯罪などを裁く場として、戦乱で疲弊した王権の回復と中央集権化の手段となり、1480年代後半に制度として整備されて以降、テューダー朝統治の中核を担うことになります。

7. そのほかの1485年の主な出来事

アンネ・ネヴィルの死去(3月16日):リチャード3世の王妃アンネ・ネヴィルが死去し、宮廷に動揺が走りました。
ウィーンの占領:ハンガリー王マーチャーシュ1世が神聖ローマ帝国領ウィーンを攻略し、以後ウィーンはハンガリー宮廷の所在地となります。
トヴェリ公国の併合(9月):モスクワ大公イワン3世がトヴェリを併合し、ロシア統一への道を大きく進めました。

日本では:室町時代後期にあたる文明17年、江戸城を築いたことで知られる武将・太田道灌が暗殺されました(7月26日)。関東の情勢に大きな影響を与えた事件です。

まとめ:1485年は、イングランドの中世を閉じてテューダー朝の時代を開いた記念すべき年です。コロンブスのスペイン移住や印刷術の普及といった動きは、のちの大航海時代や文化の革新へとつながっていきます。個々の出来事の積み重ねが歴史を変える――それを実感できる一年と言えるでしょう。