フレドリックスバーグの戦いの概要
フレドリックスバーグの戦いは、1862年12月11日から15日にかけて、アメリカ合衆国バージニア州スタッフォード郡のラパハノック川沿いで行われた南北戦争の主要な戦闘です。
北軍ポトマック軍を率いたのはアンブローズ・バーンサイド少将、対する南軍北バージニア軍の指揮官は名将ロバート・E・リー将軍でした。
戦闘の経過
バーンサイド少将は首都ワシントンD.C.防衛のため、リッチモンドへ向かう途上のフレドリックスバーグで渡河作戦を実施しました。しかし架橋作業の遅れにより奇襲の機会を失い、到着したリー将軍の南軍は市を見下ろす高台に堅固な防御陣地を築いていました。
12月13日の主攻撃では、北軍はマリーズハイツの南軍防衛線に対して繰り返し正面突撃を行いましたが、塹壕と石壁に守られた南軍の猛射の前に次々と撃退されました。
結果と歴史的意義
この戦いは北軍にとって壊滅的な敗北となり、死傷者は12,000人を超えました。一方、南軍の損害はその半分以下にとどまり、南北戦争の中でも最も一方的な戦いの一つとして記録されています。
惨憺たる結果を受け、バーンサイド少将はまもなく指揮官を解任され、後任にはジョセフ・フッカー少将が就任しました。フレドリックスバーグの戦いは、正面攻撃の危険性を示す教訓として、後の軍事戦略にも大きな影響を与えました。