「串刺し公(ツェペシュ)」として悪名高いヴラド3世ドラキュラは、15世紀にワラキア公国(現在のルーマニア南部)を統治した君主です。彼は敵対者や捕虜を木製の杭に串刺しにするという極めて残酷な処刑法を用い、その恐るべき評判を欧州中に轟かせました。
ヴラド自身は串刺しで死んでいない
興味深いことに、串刺し刑で知られるヴラド自身は、この方法によって命を落としたわけではありません。1476年頃、彼はオスマン帝国との戦闘中に戦死したと考えられており、伝承によればその死体は斬首されたと伝えられています。
吸血鬼ドラキュラ伝説の起源
しかし、彼の残虐な統治手法は後世に強烈な印象を残し、有名な吸血鬼ドラキュラ伝説のインスピレーションとなりました。ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』(1897年)にも、その名前が冠されています。歴史上の実在の人物でありながら、恐怖の象徴として語り継がれる珍しい存在なのです。