
文:Rainer Sousa
イスラム原理主義とは何か
神学的な観点から見ると、原理主義(ファンダメンタリズム)とは、特定の信仰を持つ人々が自らの聖典を文字どおりに解釈しようとする宗教的潮流のことです。この現象は東洋世界に限られたものではなく、キリスト教徒の中にも聖書を字義どおりに受け取るグループが存在します。イスラム教においては、こうした原理主義的な動きは20世紀初頭になってようやく登場しました。
政治化した原理主義の誕生
イスラム圏における政治的な原理主義は、一部の学者や指導者たちが、当時のイデオロギーや独自の歴史解釈をもとに世界観を築き上げたことから組織化され始めました。イスラムの原理主義指導者たちは、伝統的な象徴や価値観を総動員し、外交政策や国家統治のあり方を構築していったのです。
「反米」思想から始まったわけではない
多くの人が抱く印象とは裏腹に、イスラム原理主義運動の起源には「西洋への憎悪」や「アメリカとの闘争」は存在しませんでした。これらのグループの活動が本格化したのは1950年代のことで、当時の米国当局は中東における「左翼ポピュリズム」の台頭を強く懸念していました。米国は、一部のアラブ諸国が社会主義陣営に加わり、石油産業への脅威となることを恐れていたのです。
米国と原理主義勢力の協力関係(1950年代〜1990年代)
1950年代から1990年代にかけて、米国と原理主義勢力の結びつきは、いくつかの歴史的出来事の中心に位置していました。インドネシアでは、独裁者スカルノの時代に、100万人以上の共産主義者がイスラム系武装組織の活動家によって殺害されました。シリアやエジプトなどの国々でも、左派政権の支持基盤を崩す目的で、米国による同様の軍事的・後方支援が行われました。
同盟関係の崩壊と対立の激化
原理主義勢力との良好な関係に最初の亀裂が入ったのは、1970年代末のことです。1979年、米国はソ連の侵攻に対抗するため、アフガニスタンの武装スタンの武装勢力に武器と訓練を提供しました。ところが同じ年、イランでは原理主義勢力が革命によって親米的な政権を打倒します。さらにその後数十年にわたり、米国はターリバーンのアフガニスタン政権樹立にも資金を提供することになりました。
この時期、多くの原理主義グループは「米国は自国の利益にかなう介入や同盟ばかりを行っている」と主張するようになりました。かつての同盟関係は次第に憎しみの関係へと変質し、「テロリスト」と「西側の悪魔帝国」が対峙する構図が生まれたのです。そして2001年、アルカイダのメンバーによるニューヨークの世界貿易センター(WTC)への同時多発テロによって、この対立は頂点に達しました。
宗教問題は本当に原因なのか
急進的なイスラム系組織の台頭と米国外交政策との関連を検証してみると、宗教そのものの問題はほぼ副次的な役割しか果たしていないことが分かります。「イスラム教自体が紛争を生み出す」という見方は、20世紀を通じて積み重ねられてきた一連の歴史的経緯を無視するものです。今日、米国が直面しているテロの問題は、誤った外交政策とその帰結に起因すると言えるでしょう。