アフリカの歴史

アフリカからアメリカ大陸へ——奴隷の恐ろしい航海を表す「ミドル・パッセージ」とは?

奴隷貿易の歴史において、アフリカからアメリカ大陸へと運ばれた奴隷たちの凄惨な航海を表す言葉として知られているのが「ミドル・パッセージ(Middle Passage)」、日本語では「中間航路」と呼ばれるものです。

三角貿易の第二航路

ミドル・パッセージは、大西洋を舞台とした「三角貿易」の第二区間にあたる航路を指します。ヨーロッパの奴隷商人たちは、主に西アフリカで捕らえたアフリカ人を船に詰め込み、数週間から数か月にも及ぶ過酷な大西洋横断の旅を経て、アメリカ大陸へと運びました。そこで奴隷たちはプランテーションなどで売られ、その代わりに砂糖や綿花などの商品がヨーロッパへ持ち帰られるという、三つの大陸を結ぶ貿易システムの中核を担っていました。

想像を絶する船上の環境

この航海は、極度の過密状態、劣悪な衛生環境、不十分な食料と水の供給、身体的な虐待、そして病気の蔓延によって特徴づけられます。奴隷たちは狭い船倉に鎖でつながれ、ほとんど身動きできないまま長い航海を強いられました。換気の悪い船倉では伝染病が広まりやすく、栄養失調や脱水症状に苦しむ者も数多くいました。

数百万人の命を奪った悲劇

こうした劣悪な条件により、大西洋横断奴隷貿易の時代を通じて数百万人もの人々が航海の途中で命を落としたと推定されています。飢えや渇き、疫病、暴力の犠牲となった者だけでなく、絶望のあまり自ら海へ身を投げる者も少なくありませんでした。

ミドル・パッセージは、人類史上最も暗い章の一つとして記憶されており、今日でも奴隷貿易の非人道性を語り継ぐ象徴的な存在となっています。