第一回三頭政治(紀元前60年頃)において、独裁官に就任した人物は存在しません。
そもそも第一回三頭政治は、ポンペイウス、ユリウス・カエサル、クラッススという三人の有力者が結んだ非公式な政治同盟でした。これは正式な公職ではなく、あくまで私的な合意による連携だったため、独裁官を任命するような制度的枠組み自体が存在しなかったのです。
第一回三頭政治とは何か
第一回三頭政治は、共和政ローマ末期の紀元前60年頃に形成されました。元老院の伝統的な権威に対抗するため、当時最も影響力を持っていた三人の政治家が手を結んだものです。
- ポンペイウス: 東方遠征で大きな軍事的功績を挙げた名将
- カエサル: 後にガリア戦争で名声を確立する野心家の政治家
- クラッスス: ローマ一の富豪であり、スパルタクスの反乱鎮圧で知られる人物
なぜ独裁官は存在しなかったのか
「三頭政治」という名称から、三人が共同で統治する公式な制度であると誤解されがちですが、実際には異なります。第一回三頭政治は正式な官職ではなく、三人それぞれの個人的な利害と相互扶助に基づく、非公開の政治的取り決めにすぎませんでした。
一方、後に紀元前43年に成立する第二回三頭政治は、オクタウィアヌス、アントニウス、レピドゥスの三人が「国家再建三人委員会」として法的根拠を持つ公職に就いたものであり、両者の性質は大きく異なります。
ちなみに、カエサルが独裁官に就任したのは、ポンペイウスとの内戦に勝利した後の紀元前49年以降のことであり、第一回三頭政治の時期そのものとは直接関係ありません。