アフリカの歴史

モロトフ・プランを考案したのは本当にモロトフなのか?その真相と歴史的背景

モロトフ・プランの考案者はモロトフ本人ではない

「モロトフ・プラン」という名称から、ヴャチェスラフ・ミハイロヴィチ・モロトフ自身がこの計画を考案したと想像されがちですが、実はそうではありません。モロトフ本人がこの計画を思いついたわけではないのです。

提唱者はスターリンだった

モロトフ・プランとは、1947年にヨシフ・スターリンが提唱した、第二次世界大戦後のヨーロッパ経済再建を目指すソ連のプロジェクトです。戦争によって疲弊した東欧諸国の復興支援を目的としており、ソ連が主導する国際経済協力の枠組みとして構想されました。

なぜ「モロトフ」・プランと呼ばれるのか

当時、モロトフはソ連の外務人民委員(外相)を務めており、対外交渉や国際場裡におけるソ連の代表として中心的な役割を担っていました。そのため、この計画には彼の名前が冠されることになったのです。計画の立案者がモロトフであるかのように見えますが、実際にはスターリンの意向に基づくものでした。

マーシャル・プランとの関係

モロトフ・プランは、同年にアメリカが打ち出したヨーロッパ復興計画、いわゆる「マーシャル・プラン」に対抗する位置づけでした。西側陣営による経済援助の拡大を警戒したソ連は、自ら主導権を握る形で東欧諸国への支援体制を整えようとしたのです。

その後の展開

この構想はやがて具体化し、1949年にはソ連と東欧社会主義諸国による経済協力機構「コメコン(経済相互援助会議)」の設立につながりました。モロトフ・プランは、冷戦期における東西経済ブロックの分断を象徴する出来事の一つとして、歴史にその名を刻んでいます。