アフリカの歴史

アメリカ初の黒人奴隷の名前は?1619年ジェームズタウンに連れてこられた「アンソニー」と「イザベラ」

アメリカ初の黒人奴隷の名前は「アンソニー」と「イザベラ」

北米イギリス植民地における最初期の黒人奴隷として記録に残るのが、アンソニー(Anthony)とイザベラ(Isabella)という二人のアフリカ人です。1619年8月20日、彼らはほかの約20人のアフリカ人とともに、ヴァージニア植民地ジェームズタウンに連れてこられました。この出来事は、後にアメリカ合衆国となる土地におけるアフリカ人奴隷の歴史の始まりを象徴する瞬間とされています。

ポルトガル商人の手から私掠船へ

もともとアンソニーとイザベラは、ポルトガル商人によって捕らえられ、奴隷として売られる運命にありました。しかし大西洋を渡る途中、彼らを乗せたポルトガル籍の奴隷船はイギリスの私掠船に襲撃され、積荷だったアフリカ人たちは奪われてしまいます。こうして彼らは、キリスト教式の名前である「アンソニー」「イザベラ」を与えられながら、北米大陸のイギリス植民地へとたどり着くことになったのです。

「20人余りの黒人」という歴史的記録

当時の記録には「20人余りの黒人(20 and odd Negroes)」が到着したと記されており、この一行が北米における400年にも及ぶ黒人の歴史の出発点となりました。彼らの正確な法的身分については、生涯にわたる奴隷であったのか、期限付きの年季奉公人であったのか、いまだ歴史学者の間でも議論が続いています。

記録に残るその後の足跡

アンソニーとイザベラは、入植者ウィリアム・タッカー船長の家で働いていたことが記録に残っています。1624年には息子ウィリアムが誕生し、彼は北米イギリス植民地で生まれた最初のアフリカ系の子どもであると伝えられています。二人の物語は、アメリカ史の暗部を今に伝える貴重な記録であり、現代に至るまで人種差別や奴隷制の歴史を考えるうえで重要な意味を持っています。