古代エジプト・プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世(紀元前69年生まれ)には、実際に息子がいました。最初の息子カエサリオン(正式名プトレマイオス15世カエサル)は、ローマの政治家ユリウス・カエサルとの間にもうけた子供で、クレオパトラが出産したのは紀元前47年、当時およそ22歳のときでした。
最初の息子カエサリオンとは?
カエサリオンは紀元前47年にアレクサンドリアで誕生しました。母クレオパトラは彼を「小さなカエサル」の意味を持つ愛称で呼び、共同統治者として王位継承者に据えました。しかし、紀元前30年にクレオパトラとマルクス・アントニウスが滅亡すると、オクタウィアヌス(後の初代皇帝アウグストゥス)の命により、カエサリオンはわず17歳で処刑されてしまいます。
アントニウスとの間にもうけた3人の子供
クレオパトラはその後、ローマの将軍マルクス・アントニウスとの間にも3人の子供をもうけています。生涯での子供は合計4人でした。
- 双子:アレクサンドロス・ヘリオス(男児)とクレオパトラ・セレネ2世(女児)。紀元前40年に出産し、このとき約29歳。
- 末っ子:プトレマイオス・フィラデルフォス(男児)。紀元前36年に誕生し、このとき約33歳。
これらの子供たちも名前は歴史に残っており、特に娘クレオパトラ・セレネ2世は後にヌミディアとマウレタニアの女王となりました。
まとめ
クレオパトラが最初の息子を産んだのは22歳のときです。以降、29歳で双子、33歳で末っ子を出産しており、4人の子供すべての名前が記録に残っています。「息子がいなかった」という説や「末っ子の名前が不明」という記述がありますが、これは史実とは異なる点に注意が必要です。